「静ちゃん」
「…」
「しーずーちゃ、」
「その名前で呼ぶなっつったろ」
「だって静くんが無視するから」
「…」
「ほらー!」
名前は静雄の部屋に来ていた。
ちょくちょくこの男の部屋に訪れては食事を作り、それを食べる静雄を見てから満足したように帰っていく。恋人、という訳ではない。ただの友人である。ある日、家での食事はカップラーメンなどで済ませているという静雄の言葉に名前は激怒した。それからというもの部屋に勝手に上がりこんでは栄養バランスの考えられた食事を男に与えているのだった。そして今日も。食事を作りに名前は訪れていた。のだが。
部屋に来た瞬間から名前は気付いていた。男の機嫌が良くないことを。しかし虫の居所でも悪いのだろうと思った名前はいつものように料理を作り、小さな机に並べる。しかし静雄はなかなかそれに手をつけなかった。むしろ更に不機嫌さが増しているようにも見える。どうしたの、と声をかけても男は答えない。名前は溜息をついた。
「どうしてそんなに機嫌悪いの?私何かした?」
「…」
しかし男はやはり答えなかった。それに痺れを切らし、名前はその場を立つ。目的は静雄にちゃんとしたものを食べてもらうことだ。相手の様子も気になるがこのままでは埒が明かない。料理もいずれ食べるだろうと、名前は玄関に向かう。部屋を出るため履いてきたミュールに足を差し込んだところで、不意に後ろから抱きしめられた。考えなくとも誰がそうしてきたなど、名前には分かっている。この部屋には最初から名前と静雄しかいない。しかし静雄にそうされたのはやはり初めてで、名前は身体を強張らせた。
「、しず、くん?」
首だけで振り返るも反応は無く、静雄は名前の肩に顔を埋めていた。縋るように身体に回された男の腕に、そっと自分の手を添える。
「どうしたの?」
その言葉をきっかけにするように、静雄は名前の身体を自分に向かせ掴んだ両肩を玄関の扉に押し付けた。名前は驚いたように男を見上げる。同時に、唇が重なった。急なその行動に頭がついていかず、ただされるがままに名前は受け入れていた。しかし深くなっていく口付けに名前はハッとしたように男の腕を掴み抵抗を見せた。
「しず、ぅんっ、」
絡まる舌から逃げるようにしながら、合間に名前を呼ぶが男が止める気配は無い。十分に口内を犯した後、漸く静雄は離れた。はあ、と失われた酸素を取り込んでいると、再び男は名前を抱きしめた。
「静くん、」
普段の彼ではない雰囲気を感じ名前の瞳に不安の色が浮かぶ。小さく名前を呼べば、びくりと静雄の肩が震えた。何かに怯えているかのような相手の背中にそっと手を回し、抱きしめた。
「静くん」
今度は先よりも柔らかく呼べば、静雄はゆっくりと顔を上げる。視線が交わり、不安げに揺れる男の瞳が映る。そして、漸く静雄は口を開いた。
「お前、昨日あのノミ蟲と何してた」
驚いたように名前の目が見開かれた。昨日のことを思い出そうと思考を巡らせ、池袋に来た臨也と食事しに行った事を思い出す。
「昨日、は、臨也くんに呼び出されて、それで」
臨也、という言葉にぴくりと静雄の眉が上がる。しかしそれに肩を震わせる名前に気付いた静雄は小さく舌打ちをすると背中を向けた。
「静くん?」
普段より幾分か小さく見える男の背中に、名前は眉を下げた。静雄はそれ以上何も言わない。その背中に、名前はゆっくりと擦り寄った。
「、」
不意に感じた背中の温もりに男はごくりと息を飲んだ。しかしそれが聞こえても名前は離れなかった。広い背中に頬を寄せ双眸を細める。
「ねえ静くん、嫉妬?」
「な、」
「臨也くんと居る私を見て、妬いたの?」
どこか楽しげに己の図星を口にする名前に、静雄はどうしたらいいものかと考えるも。やがて半ばヤケになりながらがしがしと頭を掻いた。
「悪ィかよ」
その言葉に名前がくすりと笑うのが背中から感じられ、静雄はそれを咎めてやろうと振り向いた。
「!」
その瞬間に唇に触れたのは、柔らかい名前の、それで。一瞬理解ができずに、静雄は目を丸くした。目の前には恥ずかしそうに頬を染める名前の姿。
「悪いなんて言ってないよ。嬉しいよ」
どこか困ったように、しかし嬉しそうに笑う名前に静雄はぎゅうと胸が締め付けられるのを感じていた。
「私、好きでもない人の為にこうやってわざわざご飯作りに来たりしな、わっ」
気付いたら静雄は名前の身体を掻き抱いていた。まるでそれ以上は言わせまいとしているように。
「、好き、だ。名前、アイツん所なんてもう行くな」
伝えられた言葉に、名前は微笑んで頷いた。
「うん。静くんが言うなら、もう行かないよ。…でもちゅうはもうちょっと優しくしてよ」
「…、わり」

20100704 / 今日から、
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