「適当に入って座って」
コンビニで買ってきたものを冷蔵庫にしまういながら、神威さんは言った。促されるままに部屋に入れば、その中は思ったより綺麗だった。綺麗というより、何も無い。隅にはまだ片付けられていないダンボールがひとつと布団が敷かれ、床にそのままテレビが置いてある。まだ荷物整理も終わっていないと彼は言っていたが、これは最早整理する必要も無いんじゃないかと思った。私と同じ部屋の間取りのはずなのに、他人の部屋というだけでこんなにも印象が違うものだろうか。
「あーごめん、ご飯とか無いけど」
部屋の中に入ってきた彼が申し訳無さそうに頭を掻いたので私は首を振った。
「大丈夫です、朝までだし」
言うと彼は、そう、と言って持っていたウーロン茶のペットボトルを私にくれた。ありがたい。今はお腹も空いていないし飲み物さえあれば全然大丈夫。そして次いで彼はクローゼットを開けて中からTシャツとハーパンを出してきた。
「これ」
短い言葉と共に差し出されるそれに、私は驚いたように目を丸くする。スーツのままではさすがに疲れるだろうと気を遣ってくれたのだろうか。ありがとう、と言って受け取れば彼は布団の上に腰を下ろしリモコンでTVをつけた。部屋にTVからの笑い声や拍手が響く。どうやらお笑い系の番組のようだ。
「風呂はどうする?」
「大丈夫です、自分の部屋戻ってから入りますから」
「そ」
さすがにお風呂までかりるのは申し訳ない。…しかし、服を貸してくれるのは有り難いのだがこれはやはりこの場で着替えるのだろうか。部屋に入れてくれて、服まで貸してくれて、ちょっと着替えるまで向こうにいっててくれませんか、なんて図々しい事言える訳が無いし。どうしよう、私が向こうに行ってもいいのだが他人の部屋をウロウロするのも、と考えながら服を見詰めていたら。不意に神威さんがこちらを振り向いた。
「別にお姉さんの裸に興味無いから、気にしないで」
カチン。再びTVに視線を戻す彼にむうと頬を膨らませ、私は半ばヤケになりながら背中を向け着替え始めた。ああやって言われてしまうとなんだか気にしている私が馬鹿みたいじゃないかこの野郎。しかし衣服の威力とはやはりすごいもので。仕事着のスーツから渡された服に着替えると漸く肩から力を抜くことができた。
(男の人の服着るなんて、彼氏と別れて以来だな)
サイズの大きい服に包まれた自分の姿を見て昔の男を思い出し、くすりと笑った。皺にならないようスーツを丁寧に畳んで鞄と一緒に隅に置き、壁を背もたれにして腰を下ろす。
鞄から携帯を取り出してメールチェック。友達と会社の同僚からのメールをいくつか返しながら、ふと彼の横顔を見詰めた。いつも話す時はにこにこと笑っている彼だが、TVを見詰める今の男にその笑みはなくて。やっぱり、綺麗な顔してるなあと改めて思った。浅いジーパンとぴったりめのTシャツで膝を立てて座る彼の背中には素肌がちらりと見えていて、なんだか色っぽかった。
するといきなり彼が立ち上がり、キッチンに向かった。そして冷蔵庫から何かを出してこちらに戻ってくる。
「お姉さんも飲む?明日休みでしょ」
差し出されたのは、冷えた缶のビールだった。正直、仕事終わりのビール大好きなんだよね。
「いいんですか?」
「いいよ、一緒に飲もうよ。それにそこじゃお尻痛いでしょ、こっちおいで」
神威さんに腕を引かれ、一緒に布団の上に座らされた。正直骨が少し痛かった。そして貰った缶の蓋を開けて一緒に乾杯し、ごくごくと喉を鳴らして一気に半分までそれを飲んだ。
「っはあ、美味しい」
「お、結構いけるね」
面白そうに笑いながらビールに口をつける彼に、私も同じように笑んで見せる。
「疲れてましたから、今日」
「忙しかったの?」
「少し。その上鍵まで失くしちゃうなんて、最低」
アルコールが入って、少しずつ饒舌になっていく私。お酒は大好きだけど、そこまで強くも無い。面識もあまりない彼への警戒心も段々と薄れていった。大きな溜息をつく私に神威さんはくすりと笑って、子供にするように柔らかく頭を撫でてきた。
「お疲れ様」
まさかそんなことを言われるなんて思わなくて、一瞬どきりとした。彼氏もいないし、家に帰るといつも一人だった私にはそれが何だか新鮮で嬉しくなった。
それをきっかけに気の抜けた私たちはお酒を飲みながら色々なことを話した。本当に他愛も無い、自分達の事を。それで知れた彼の事は、年下だということ、遠い所から家出して一人でここに越してきたということ。今は学生では無く、ちょっとしたところでバイトをしているのだという(内容までは教えてくれなかったけど)自分より年下なのに、一人で頑張っててえらいなあとぼんやり考えながらその話を聞いていた。
布団の横に置かれた時計が2時半を指す頃には床に転がったお酒の缶もかなり増え、すっかり私は出来上がってしまっていた。
「神威さん、聞いてますー?」
「聞いてる聞いてる。なんで元彼にフラれなきゃいけなったのかっていう話だろ?」
「そうですよほんとにもう!大好きだったのに!」
元彼に対する怒りを思いのままに神威さんにぶつけながら、私はごろりと布団に転がった。お酒が入ると妙に涙もろくなってしまうのは何でだろう。くらくらとする頭では感情を抑えることなんて最早できなくて。ぽろりと目尻から涙が零れた。
「あんなに、頑張って尽くしたのに…」
すん、と鼻を鳴らせば、上から神威さんの手が下りてきて前髪を掻き上げられた。その手つきの優しさにますます涙が溢れてしまう。
「あらら、泣いちゃった」
くすくすと笑う神威さんを見上げると、ぽんぽんと頭を撫でられた。
「大好き、だったんですよう、ほんとに…」
「うん、そうだね」
「大好き、だったのに、」
何で、と言おうとした私の唇に神威さんのそれが落ちてきて、驚いたように目を見開く。抵抗しようと肩に手を添えるも、アルコールの回った頭ではうまく考えられなくて手にも力が入らない。
「ふ、あ」
遠慮する事無く侵入してきた舌に口内を犯され、ちゅく、という水音がぐわんぐわんした頭の中に響く。やがてゆっくりとその唇が離された。そして彼は、天井を背景ににこりと嫌味無い笑みを浮かべた。
「慰めてあげようか?名前」
そう言われてしまえば、アルコールが侵食している私の気持ちはすっかりそちらに流されてしまって。ぼんやりとした目で見詰めながら、気付いた時には肩に添えていた手を彼の背中に回していた。

20100704 / 隣人
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