甘楽【えー!別れちゃったんですかぁ!?】
姫【ええ、そうなんですよー】
甘楽【何かあったんですかぁ?姫さん彼氏大好きだったじゃないですかぁ】
姫【いえ、なんていうか、振られちゃいました】
甘楽【え!】
姫【お前つまんね、だそうです】
甘楽【フルボッコしたいですねそいつ!】
姫【でも、うん、昔からよく言われるので…仕方無いのかななんて】
甘楽【そんなこと無いですよう!私姫さんとお話するの楽しいですもん!】
姫【本当ですか?嬉しいです、私も甘楽さんとお話するの好きですから】
甘楽【きゃー!私たち両想いですね☆】
姫【ふふ、そうですね、あ、すみません、そろそろ眠くなってきたので今日はこの辺で】
甘楽【はいはーい!おやすみなさい!】
姫【おやすみなさい】
姫さんが退室されました
甘楽【それじゃ、私もちょっと用事できたんで落ちまーす☆】
甘楽さんが退室されました
現在 チャットルームには誰もいません

ふう、と肩を竦めながら私はチャット画面を閉じて机に腕を置いて顔を伏せた。甘楽さんとおしゃべりしすぎてしまい、ちかちかするパソコンの画面のせいで目が疲れた。かけていた眼鏡を傍らに置いて、少しだけ、と思って目を閉じた。

やがて、ぴんぽんというチャイムの音で私は目を覚ます。顔を上げるとまだついたままのパソコンが目に入って自分が転寝していたことに気付く。慌てて時計に目をやるもそこまで時間は経っていないようで安心した。変な体勢で寝ていたせいか腰と首が少し痛い。
それよりもこんな時間に誰だろう。まあ多少の想像はつくのだが。クッションから立ち上がって玄関に向かい、来訪者の姿を確かめようとドアスコープを覗いた。そこに立っているのはまさしく予想していた人物で私は小さく溜息をつく。チェーンと鍵を外してその扉を開けた。
「やあ、名前」
「こんな時間にどうしたの」
現れた幼馴染み、臨也は薄い唇で弧を描いた。
「電車なくなっちゃってさー、泊めてよ」
「タクシーで帰れば?」
「そんな冷たい事言わずに。いいじゃない」
言うと男は私の肩を押して図々しく部屋に上がってきた。その行動に私は再度溜息をつく。断っても諦めるわけがないと、私は知っていた。
臨也は時々こうしていきなり池袋にある私の家に来ていた。何をする訳でも無くだらだら世間話をしては帰っていく。池袋には静くんもいるんだしさっさと新宿に帰ればいいのにと思うも、臨也の事をどこか本気で追い返せない自分もいた。私は諦めて彼を部屋へ招きいれ、コーヒーでも作ってやろうとキッチンに立った。半分自分の眠気覚ましの為でもあるけど。
「あー疲れたなぁ」
横目で男を見ると、まるで自分の部屋のようにコートをハンガーにかけてベッドに寝転がる。それはいつも通りの事なので、さして気にも留めない。コーヒーの入ったマグカップを持って部屋に戻り、小さなテーブルに置いてベッドを背もたれ代わりに床に置かれたクッションの上に腰を下ろした。先程も座っていたここは私の定位置だ。
「仕事?」
「んー?うん、色々とね」
ふーん、とマグカップに口を付けると、彼もテーブルにあるもうひとつのそれに手を伸ばしてコーヒーを一口飲んだ。私は点けっぱなしにしていたパソコンを思い出し、マウスを手にとってその電源を落とした。
「何かしてたの?」
「うん、さっきまで臨也に教えてもらったチャットの所行ってたの」
「もう慣れた?」
「うん、だいぶ。甘楽さんと仲良くなったよ。教えてくれたくせに、臨也は全然来ないから」
へぇ、と臨也が面白そうに口角を上げた。それが何を意図してるのか分からずに私は気にも留めなかったけど。
「何話してたんだよ」
「女の子の秘密」
何だそれ、と彼が肩を竦めた。私はぼーっとその顔を眺める。普通にしてれば格好良いし、どこにでもいそうな男なのに。性格さえ捻じ曲がっていなければ。何も言わずにそうしていると、視線に気付いた男の手が不意に私の顎に添えられた。そして、
「!」
なんの戸惑いもなく、唇が重ねられる。ゆっくりとそれは離れ僅かに細められた彼の双眸と目が合うと、途端に私の頬に熱が集まった。
「な、な、なに」
「ははっ、名前が俺に見惚れて隙だらけだからさあ、思わず」
「別に見惚れてない!」
にやりと笑う男から距離を取ろうとするも、既にもう片方の腕が背中に回っていて抱き寄せられてしまった。あわあわと視線を泳がせる私に尚も笑う彼。
「男に振られたんだろ?」
なんでそれを、と言いかけた私の唇が、また男のそれで塞がれた。今度はちゅうと軽く唇を吸われて小さなリップ音が鼓膜を刺激する。鼻先が触れ合うほどの距離で赤眼に見詰められてじんわりと胸内が熱くなった。親指で目元を撫でられて、そのくすぐったさに双眸を細める。そして男はゆっくりと唇を開いた。
「だって俺達、両想いじゃないか。だから名前の事なら何でも知ってる」
「はあ?いつ私達が両思いに…」
ムキになって言い返すも、私ははたと言葉を言いかけた。振られたとか、両思いとか、さっきチャットで話したばかりの内容だったことを不意に思い出したからだ。しかしそれが何の答えに繋がることも無く、ただ感じる違和感に私は首を傾げた。くく、と、目の前の男が面白そうに笑う。
「ああそうそう、君を振った男は誰かもう調べはついてるから、静ちゃんをけしかけといたよ。”フルボッコ”にしてもらえるように」
そこまで言われて私に中にあった違和感はやっと答えを導き出した。
「な、ま、まさか、臨也…!」
んー?とにこにこと嫌味無い笑みを浮かべる男にふるふると肩を震わせる。
「甘楽っ、んう」
なの?と言おうとして唇にそれを飲み込まれた。さっきまでの口付けとは違い、どんどんと深くなっていくそれにぎゅうと目を閉じて臨也の服を掴む。舌を絡め取られて、吸われて、上顎を舐められる。好き勝手に蠢く舌はまるで彼そのものを表しているかのようだった。ベッドの上にいる臨也の腕は私の衣服の裾から手を差し入れ、脇腹を直に撫で上げた。やがて苦しくなってきた頃、臨也は漸く唇を離した。はあはあと肩で息をして火照りだした顔で男を見上げる。そして額をこつんと合わせて臨也は私を見下ろした。
「俺達、両想い、だろ?ねぇ名前」
掠れた声でそう言われてしまえば、ついに私は自信を持ってそうではないと言えなくなってしまった。
「…ばか臨也」
「ははは!さあて!」

20100629 / いただきます!
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テーマ「人外ファンタジー」
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