(お主の気持ちには応えてやれぬ)
そう彼は言った。私はもうずっと前に、これと全く同じ言葉を言われたことがある。あの時は私の片思いが、彼に伝わった時だった。自分にはやることがあるから、と。私はこう言われたのだった。しかし今。戻ってきた彼とずっと一緒にいて、幸せな日々を過ごしていた今。何故彼にまた同じ言葉を言われているのか分からなくて、私はただただ黙って彼を見詰めるしか出来なかった。
やがて、太公望様が眉を下げて背中を向けた。
「お主の気持ちには、応えてやれぬのだ…」
同じ言葉を、再び口にする彼に私は、ぐ、と拳を作った。
「どういう、意味ですか?」
「傍には、居てやれぬ」
「どこかへお出かけになるんですか?」
「名前、」
「それでしたら、美味しい料理を用意して待っておりますから、あ、勿論生臭でないものですよね?」
「違う、」
「あっ、そうですよね、私は人間だから、どうしても先に死んでしまいますから、」
「違うのだ、名前」
「太公望様は意外と甘えん坊ですから、私がいなくなった後が心配ですけど、でも」
「名前!!」
認めたくない現実と逃れられぬよう、大きく声を荒げた彼にびくりと私の肩が揺れる。それと同時に目に溜まっていた涙が零れた。そのせいで、私の気持ちも抑える事無く溢れてしまう。
「どうし、て、太公望様、傍にっ、これからずっとお傍にっ…全部が終わったらその時はって、言ってくれたじゃないですかあ…!」
迷惑だとか、言葉がうまく言えないとか。そんなこと考えていられなくて。私はただ叫んで彼の背中にしがみついた。それを振り払うこともせずにいる彼はとても残酷で、優しい。
「名前、わしは行かなければならぬ。傍にはもう居れぬのだ。そしてもう、」
逢うこともないだろう、と。その言葉に涙が止まらなかった。泣いて済むのなら、身体中の水分を取られてしまってもいいとすら思うのに。
「戻ってきたのは、間違いであったな。結果、名前の心にまた深い傷を作ってしまう」
「最初、から、また姿を消すおつもりだったんです、か」
「うむ。…最後に名前と平和に過ごしたかったという、ただのわしの我が儘であった。そして、」
傷を作ってわしを忘れられぬようにしたかったのも、わしの我が儘だったのであろうな。と。彼は言った。卑怯だ、そんなことを言うのは。彼は今も昔も全く変わっていない。そうしてどんどんと私の心を彼で埋めていく。
「最後の我が儘だ、名前」
ぽつりと彼が呟く。本当にこれが最後であろうと、私はぼんやりと考えていた。
「お主の気持ちには応えてやれぬ。傍に居てやれぬ。だがわしはお主を、愛しておる」
あの時と同じようで、この気持ちの重みは全然違う。
「その気持ちをわしがずっと抱いておることを、許してくれ」
涙で濡れた頬を無理矢理に持ち上げて、私は笑った。彼の広い背中に頬を寄せながら。
「太公望様は本当に、昔からずっと我が儘ばかりですね…」
視線だけ上げれば、そこには顔だけで振り返った彼も笑っていた気がした。白い、光に包まれながら。やはりあの時と同じように。
「そう言われるのも厭わぬよ」
しかし笑い合えていなかった、二度目のお別れ。
今度こそ永遠の。

20100615 / 二度目のお別れ
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