「、え」
目の前の、初めて見る姿に私は何も言えなかった。
ある日、太公望様にあの二人の思い出の場所へつれていかれたかと思ったら、知らない人が空から現れて。彼と一言二言交わしたのち、文字通り融合するように二人はひとつになった。そして現れたのは。顔は太公望様のそれだが、格好は元より明らかに雰囲気が違う。太公望様であって太公望様で無い、目の前の男は困ったように私をただ黙って見詰めていた。
「太公望、さま?」
掠れた声を何とか搾り出し、問いかける。すると黙っていた彼が、しっかりと声を発した。
「うむ、太公望じゃ」
そう断言する男に、私はふるふると首を振った。
「そんな、私の知っている太公望様じゃっ、」
否定しようとする私を見て、男の瞳が悲しそうに揺れるのを私は見逃さなかった。はっとして両手で口を抑える。揺れた男の瞳は、紛れも無く私が知る太公望様のものだった。
「確かに、わしは太公望であって太公望では無い。お主がそう嘆くのも分かるよ」
ついと視線を逸らす彼に胸がずきりと痛む。
「しかし、これが本当のわしなのだ。信じてくれとは言わぬ。ただ、」
お主には知っていて欲しかった、と。彼は言った。私はなんて事を言ってしまったのか。彼もきっと身の焼ける思いで真実を教えてくれたに違いないのに。どんなになろうと彼は彼であるに違いないのに。
「太公望、様、ありがとうございます」
ふ、と、その言葉に彼が視線を上げた。いつか彼がそうしてくれたように、私は穏やかに微笑む。
「教えてくださって、ありがとうございます」
「…うむ」
彼も、安堵したように微笑んだ。そして腕を引かれ、ぎゅうと抱きしめられる。慣れない彼の匂いがして一瞬戸惑ったけど、応えるように私も抱きついた。
「名前、愛しておる」
「私も、です。ずっとお傍に、」
居てください、と。言おうとした私の身体がゆっくりと彼から離された。不思議そうに見上げると、そこには先程とは違う凛とした彼の顔があって。嫌な予感が、した。そして、
「お主の気持ちには、応えてやれぬ」
あの時と全く違う関係で、全く同じ言葉を、私は聞いた。

20100615 / 畏れていたきざし
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