「わあ、綺麗な空だね」
「そうだのう、今日は釣り日和じゃ」
「太公望さん、そればっかりじゃない」
「む、そんな事ないぞ、桃の事も考えておる」
軍のお仕事で大忙しな中、太公望さんがたまの休息がとれて川へと釣りに行くというので、私もついていく事にした。目的の場所へと向かう道のり、ふと空を見上げれば抜けるような青空で。
「あ、私おやつに桃を持ってきたの」
「おお!さすが名前だのう、褒めてやる」
手にした風呂敷で包んだものを掲げれば、太公望さんは嬉しそうに私の頭を撫でてくれた。
ああ、彼の笑顔はとっても癒される。て、太公望さんの休息なのに私が癒されててはいけない。でもいつも忙しそうにしていて、声すらかけられなかった状態が何日も続いてたんだもん。これくらいいいよね。片思いの人と接する事すらできないなんて、そんなの酷過ぎる。まあ実際は太公望さんの方がお仕事大変で酷なのだけど。
「わしはいつもここで釣りをしておるのじゃ」
そう言われ顔を上げると綺麗な水の川。太公望さんはひょいひょいと大きな丸い岩の上へと上がっていった。すると振り向いて私に向かって手を伸ばしてきて、
「ほら、来い」
なんていうかその姿は、太公望さんがふと見せる男らしさを含んでいて、なんだか恥ずかしくなりながらその手を取った。力強い手に引かれるまま、私は反動をつけてそこに上がる。
「わ、上から見ると結構高いね」
「滑らんように気をつけよ」
辺りをキョロキョロしていると太公望さんは早速川に釣り糸を垂らした。なんだかイキイキしてる彼を見て嬉しくなり、私も隣へと腰を下ろす。
「なんだか落ち着く、ここ」
「そうじゃろうそうじゃろう、わしの気に入ってる場所だからのう」
「うん、太公望さんと来れて嬉しい」
「む、…そうか」
上機嫌な彼に釣られて満面の笑みで言ってしまい、慌てて顔を逸らす。沈黙になってしまった。太公望さん、気悪くしたかな。うう。
「…名前、桃をくれんか?」
「あっ、うん」
沈黙を破るように太公望さんが言ってきたので、私は慌てて風呂敷を開けるとそこから桃を取り出して差し出した。
「はいっ」
「おー美味そうな桃だのう。頂くぞ」
目を更に輝かせた太公望を見て私もうれしくなった。ああ、なんかずっとこのままでいたいな。それきり彼は黙って桃に集中してしまい、私もにこにことしながら釣り糸の先に目をやった。
なんだろう、別に会話なんかなくても心地いいこの空気。ぽかぽかと陽射しが暖かくて。その陽射しで水面はキラキラして。時折優しい風が吹く。世界には私と太公望さんしかいなくて、自然がそれを祝福してるみたい。
(うん、あんたはいつも頭の中が平和だなってよく言われる)
なんだか気持ちのいい雰囲気に眠くなって私は、その場に仰向けに寝転んだ。ああ、空が本当に綺麗。そう考えながら目を細めると、ふと影ができて太公望さんの手が瞼に覆い隠さるように下りてきた。そのまま前髪を掻き上げるように髪を梳く。
「ん、」
太公望さんは黙ったまま。この陽気とその優しい手つきに更に眠気が増す。ああ、折角太公望さんといるのに眠ってしまったら時間が勿体ない。そしてそのまま結局心地いい眠気に勝てず、眠ってしまった。



「ん、…」
桃の香りがする。唇に何か柔らかくて温かいものが当たっている。次に軽く吸われたかと思えば柔らかい感触は消えた。
「…んん、」
ゆっくりと目を開けば、星空をバックに太公望さんが私を見下ろしていた。
「太、…?」
「いつまで寝ておる、そろそろ戻るぞ」
「え、あ、」
星、空…?ぼんやりとそれを考えていたらだんだんと頭が覚醒してきて、私がガバリと飛び起きた。と、いう拍子にゴンッといい音をたてて目の前の太公望さんと頭をぶつけ合った。
「ぬおおっ、」
「っ、いったあ!ご、ごめんなさい太公望さんっ」
「馬鹿者!急に起き上がるでないっ」
「だ、だって、もう辺り真っ暗じゃない、驚いて…」
「おぬしがグースカ寝ておったからだろう!」
「…ずっと待っててくれたの?」「…別に待っとらんわ」
言って太公望さんは私から視線を逸らした。それを私は、太公望さんの機嫌を悪くしたのだと思って急に申し訳なく感じ、しょんぼりと肩を落とした。
「ごめんなさい私のせいで…」
「、別によい。わしもいい思いをさせてもらったしのう」
「いい思い?」
「お、そういえば名前が持ってきた桃、全部頂いたぞ」
「えー全部?!ちょ、あたしのひとつくらい残しておいてくれてもいいじゃん!」
「寝ておるおぬしが悪い。さぁ早く戻るぞ」
うううっ、私も一個食べたかったのに。なんてがっくりしてる間に太公望さんは早々と岩から下りて、歩いていってしまった。ああもう。
「置いてかないで太公望さんっ」
そして、慌ててあたしも彼の後をついていく。ああそれにしても、太公望さんとちゅうできるなんていい夢見たなあ。なんて。

20090618 / 夢うつつ
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