今日は団長の誕生日。私は朝から張り切ってケーキを手作りしていた。
「よーし、やっとうまくできた」
料理はあんまり得意ではないけれど、団長の為にレシピを取り寄せて試行錯誤しながら頑張った。うまくできているといいけど。気付いたら時間ももう結構経っていた。そのケーキを箱に入れて可愛くリボンをつける。団長、喜んでくれるかな。早速そのケーキを持って船内にいるであろう彼を探しに足を踏み出した。
しかし、彼は自室にはおらず。この広い船内を歩き回るハメになってしまった。しがない雑用の身、正直船内を一人で歩くのは心細い。たくさん居る奇怪な姿の団員さんにじろじろと見られながらきょろきょろと歩いていると、不意に目の前の大きな物体に視界を奪われた。
「へ、」
視線を上げればそこには豚の顔をした団員さんが不機嫌そうに私を見下ろしていた。
「あ、す、すみませ」
通行の邪魔になっているのかと慌ててそこを退こうとするも、がしりと腕を掴まれ再びその人(人ではないけれど)に視線を戻す。
「あ、あの、」
掴まれた意味が分からず首を傾げる。そして不意に相手の手が振り上げられたかと思えば、そのまま頬を力任せに殴られた。
「っ、!」
勢いのまま地面に倒れる私。視界の隅にケーキの箱が転がるのを捉えた。
「、あ」
じんじんと頬が痛むけれど、構っていられない。箱の中のケーキが。折角団長の為に作ったケーキが。私は慌てて箱に手を伸ばす、が。
「!」
ぐしゃりと、先程の豚の人の足が箱を踏みつけた。目の前の光景に目を見開き、身体が固まってしまう。
「俺ァ今機嫌が悪いんだ」
男が言った。見上げればそこにはニヤニヤと下品な笑みを浮かべて私を見下ろす姿。ぎくりと肩が震えた。
「雑用の女一人くらいいなくなったって、誰も気付かねぇよなァ?」
にやりと口角を上げる男にぞわりと背筋に冷たいものが走る。そして、
「ぐっ、」
ケーキを踏んでいた男の足が、私の腹を蹴り上げ思わず呻き声が零れた。背中が壁にぶつかって息が困難になる。頬とお腹の痛みに項垂れ、懸命に呼吸を試みるもうまくいかなかった。視線を男の足元にやれば、また蹴ろうというつもりなのか足を上げているのが見えて思わずぎゅうと目を閉じる。しかし、その衝撃は無く。
「何してるの、お前」
どさりという音と共に、聞きなれた声が降ってきた。目を開けて様子を窺えばそこには先程の男が倒れ、その向こうに団長の姿。不思議そうに私を見ていた。もしかして助けてくれたのだろうか、と、じんわりと涙が滲んだ。
「だん、ちょ、」
「痛いの?大丈夫?」
差し伸べられた彼の手をとるとぐいと引かれ、そのまま胸の中へ閉じ込められた。
「よしよし、怖かったネ。アイツは後で痛めつけといてやるから泣くなよ」
「ううー、」
ぎゅうと抱きついて、安心から溢れてしまう涙を必死で堪えた。子供をあやすようになでてくる手つきに益々じんわりとしてしまう。
「あり、あれ何?名前の?」
その声に顔を上げれば、団長が先程潰された箱を指差していた。私ははっとしたように彼から離れ、それに駆け寄る。ゆっくりと持ち上げてみるもすっかり潰されてしまっている。この分では中のケーキも酷い状態だろうと考えて肩を落とした。
「何なのそれ」
「…ケーキ、なんです。潰れちゃいました」
「ケーキ?なんでそんなもの」
この人、自分が誕生日ということを忘れているのだろうか。名前甘いもの好きだっけ?と聞いてくる団長に向き直り見詰めた。
「言うの遅くなっちゃいました、お誕生日おめでとうございます団長」
ケーキはもうあげれませんけど、と言えば。彼は目を丸くした。
「あー、そうか忘れてた」
ぽりぽりと頭を掻く団長の姿に、やっぱり、と私は項垂れる。
「何年ぶりだろ、そんなこと言われるの」
「え、ここではお祝いしないんですか?」
「此処に居る奴らがわざわざすると思う?」
むしろ互いの誕生日すら知らないし、という彼に私は何だか寂しくなった。産まれついた日のお祝いをしないなんて。私は団長に逢えて嬉しいし、感謝したい。確かに此処に居るひと達はそんなの興味無さそうだけど。でも。
「団長、今日は予定ありますか?」
「別にないけど」
「じゃあ、今日はいっぱいお祝いしましょう!今までのぶんも!」
よーし、と言って立ち上がる私を呆れたように見る団長。
「お祝いって具体的に何してくれるの?」
「ええと、ううんと、美味しいご飯いっぱい作ります。美味しいお酒も、あとは、」
「それはくれないの?」
私の言葉を遮って言う彼が指差すのは、私の手の中にあるケーキの入った箱。瞬間、思い出したように私は肩を落とした。ケーキ、一生懸命作ったしやっぱり誕生日といったらこれなのだから、あげたかったけれど。こんな有様のものを団長に渡す訳にはいかない。失敗ばかりで材料ももう無かったはずだ。これは仕方ないけど、捨てるしかないだろう。
そう考えていた私の手から、さっと箱を奪われた。
「あっ、」
顔を上げれば、奪った箱のリボンを乱雑に取り去り開けようとしている団長の姿。慌てて止めに入るも、片足で私のお腹を押して遮られてしまう。
「だ、だめですっ、団長っ」
「うるさいなーぎゃあぎゃあ喚くなよ」
構わずに蓋を開けられ、中のケーキが現れた。思ったとおり、当初の面影は無く潰れて見る影も無くなってしまっている。あんな姿のケーキを彼に見られてしまうなんて。
「わーぐちゃぐちゃだね」
団長のその言葉に、私は泣きたくなってしまってケーキを取り返そうと再び手を伸ばした。しかし彼は私に背中を向けてそれを阻止する。
「もう、団長っ。そんなの捨てちゃってください!」
なにやらごそごそしている彼の背中に言うも、何食わぬ顔で彼はこちらを振り返った。彼の歯には、団長おめでとうと書かれた折れたチョコのプレートを咥えている。
「俺のなんでしょ。どうしようが俺の勝手だよ」
その言葉に、むううと眉を下げる。それは確かにその通りなのだが、やはりそんなものを団長に食べてもらうのは申し訳ない。そして彼はチョコを食べすたすたと自分の部屋に向かって歩き始めた。それを追って隣を歩きながら、ちらりと彼を窺い見る。すると、
「さっきの奴、痛めつけるだけじゃ済まないネ。名前がいなくなったら俺が困るけど、アイツがいなくなっても問題ないし」
ね?とこちらに首を傾ける団長に、かああと顔が熱くなった。そして顔を逸らす間もなく、唇を掠め取られた。小さなリップ音と共に。チョコの味がした気がした。
「ねぇ、もう一回言って」
間近にある彼の顔は、どことなく嬉しそうだ。私も嬉しくなって思わず頬が緩んだ。
「お誕生日おめでとうございます、神威さん!」

20100604 / 0601
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -