「どういう事だそりゃ」
どうやら、先日のキスマークが阿伏兎にバレたらしい。阿伏兎の部屋の前を通ると、それの言い合いらしき声が聞こえた。
「これ、は、」
困ったように言葉を詰まらせる名前。これからどうなるかな、なんて人事の気分でその会話をドア越しに聞いていた。無意識のうちに零れてしまう笑みが抑えられない。結構俺って揉め事が好きなのかも。
「…はー。お前が浮気なんぞつまんねぇ事をする女じゃねぇのは分かってる」
ぷぷ。何言ってるんだろ阿伏兎。名前のは完全に浮気だと思う。例えそれが俺が無理矢理やらせたものだとしても、名前は本気で抵抗していなかったように俺は思える。
「団長、そこに居るんだろう」
俺が見えていないはずの阿伏兎の声に呼ばれて、たいして気に留めることも無く部屋の扉を開けた。
「あり、バレてた?」
「気配消す気もなかった癖によく言う」
いつものように笑う俺。呆れたように眉を顰める部下。泣きそうな顔で俯く女。ぴりぴりとした空気で俺のアンテナが揺れた。まさか阿伏兎と女の取り合いするなんて思わなかったけど。
「アンタ、コイツに手出したな?」
「うん、美味しかったよ。阿伏兎の女」
zびくりと名前の肩が揺れたのを視界に捉えた。阿伏兎の眉間の皺が一本増えた。そして大きな溜息をつく。
「まさか本当にやるとは思わなかったが」
「嘘。分かってただろ?」
調子を崩す事無く言う俺に、阿伏兎がぴくりと眉を上げた。そんなこと言ってこの部下は、この現実から逃れたいだけなのは分かっている。名前を手放すことも、俺に逆らうこともできないから。穏便に済ませようとしている。それだけはさせないけど、このままこの二人が離れても簡単すぎてつまらない。
「でも、俺が無理矢理やったんだ。そいつ許してやってよ」
俺の言葉に、名前が驚いたように顔を上げた。阿伏兎も拍子抜けしたように目を丸くしている。
「ね?」
首を傾ける俺を怪訝そうに見ながらも阿伏兎は名前を振り返って抱きしめた。ぽつりぽつりと何かを語り合っている。和解している様子のそれを見て俺は肩を竦め、その部屋を後にした。

「神威様!」
自室に向かって廊下を歩いていると、女の声に呼び止められた。足を止めて振り返ればそこには戸惑ったように瞳を揺らす名前の姿。
「何?」
「い、え…その、どう、して」
どうせ名前が俺を追いかけてくるであろう事は分かっていた。言葉をどもらせる女に、俺は小さく喉で笑った。
「どうして?どうして名前を助けたか?それとも、」
どうしてそのまま奪ってくれないのか?
そう聞けば、名前の頬が微かに紅潮していった。
「それとも、どうしてそんなこと言うのか?だって名前、ずっと奪われたいって顔してるよ」
何故だかは分からないけれど、名前は目に涙をいっぱい溜めて顔を上げた。それが俺の加虐心を煽っているとは知らずに。ゆっくりと女に歩み寄り、顎に手を掛ける。
「心配しなくても、これからゆっくり奪っていってあげるよ」
そして触れるだけの口付けをした。名前は抵抗しなかった。廊下の向こうに阿伏兎が居ることに女はまだ気付いていない。
お楽しみはこれからだ。

20100615 / 奪われたいって顔してるよ
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