あの日、女を抱いた。阿伏兎の部屋で。阿伏兎の女を。
久しぶりに女を抱いた気がする。名前の肌は吸い付いてくるようで心地よく、思った通りのものだった。この肌があの部下の所有物なのだと思ったら、優しくしてやれなかった。俺が与える快感の中で時折思い出したように、やめてください、と口にしていた。泣いていた。それにも興奮した。終わった後ベッドにうずくまる名前を見て妙な充実感を感じた。
あれから数日が経った。阿伏兎は気付いていない。もしくはその振りをしているのか。そんな事はどうでもいい。変わったのは、時々名前からの視線を感じる事。普段通りに阿伏兎と共に居るが、名前とすれ違う度に視線を感じる。それは怯えたようなそれと、また違う色が含まれていることに俺は気付いていた。その視線を感じる度に俺はほくそ笑む。
そして頃合を見計らって俺は、名前を自室に呼びつけた。
「失礼、します」
ぎい、と小さな音をたてて名前が部屋へ入ってくる。おずおずと、視線を揺らしながら。これから何が起こるのかと不安がっているのだろうか。座っていた腰を上げて、団服を翻しそちらを見る。
「ちゃんと来たね」
声を掛ければ女は扉を閉め、十分に俺と距離を取って向き直った。
「、何か、御用でしょうか」
「つれないなあ、肌重ねあった仲だろ?」
言えば名前は、恨めしそうに俺を睨んだ。くく、と喉で笑ってやるとふいと視線を逸らされた。名前と俺の距離をゆっくりと詰めその顔を覗き込む。
「そんな顔するなよ。可愛い顔が台無しだよ?」
途端、女の頬が真っ赤に染まった。なんとも分かりやすい女だ。首筋に手を伸ばし触れてみれば、それから逃げるように首を捻った。言いにくそうに名前が口を開いた。
「神威様、は…何のおつもりでこんな、」
「何のつもり?」
「神威様の、その、女性問題のことは阿伏兎さんから聞いています。私なんか構わなくても、」
言葉を遮るように親指で女の唇をなぞった。ひくりと名前の肩が揺れる。
「言っただろ?お前が欲しいって」
俺より頭一個分小さな名前を見下ろして言ってやれば、戸惑うように瞳を揺らした。
「俺のものになりなよ、名前」
「わ、私、は、」
阿伏兎さんが、と口ごもる女に口角を上げた。俺はこういう女の態度が何からくるものか知っている。今まで幾度となく見てきた、俺に向けられるこの瞳の色。
「ねぇ、名前」
「え、」
「気持ち揺れてるって、認めたら?」
驚いたように名前が目を見開いた。まさか悟られているとは思っていなかったのか。甘いな名前は。女扱いには慣れてるんだ。
「そんな、わた、わたしは…」
否定するように首を振る名前の項に手を回して引き寄せ、首筋に噛み付いた。
「!」
驚いたように俺の肩を押し返す女に構う事無く、噛み付いた首筋を吸った。そこでやっと俺の意図する事に気付いたのか、名前は肩を掴んだ手に力を込めて俺を引き離そうとする。
「やめ、やめて、神威様っ、」
お願いですから、と、泣きそうな声で名前が叫ぶ。名前の力なんかで俺が離される訳でもなく、俺は女の首筋に痕を残すことに成功した。唇を離し、その痕を目にして満足げに笑む。
「ほーら、俺のものだって印」
愛おしげにそこを指先でなぞってやれば、名前の顔はどんどんと青ざめていった。
「もう諦めたら?」
腰を引き寄せ、顎を持って顔を上げさせる。間近にある女の瞳がまた戸惑うように揺れる。
「神威、さま」
「楽になりなよ」
耳元に囁いてやれば、俺の肩を掴む名前の手から力が抜けていく。そうして漸く大人しくなった名前の身体を、ベッドへ組み敷いた。じわじわと、確実に手に入っていくこの満たされる感覚を噛み締めながら。

20100614 / 気持ち揺れてるって、認めたら?
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