ある日、阿伏兎が女を連れてきた。
「誰、その女」
「名前だ」
俺の目の前に怯えたように立っている女を目を細めて下から上まで見れば、隣の阿伏兎の後ろに隠れてしまった。弱そうな女だ。外見は美人でもブスでも無いし、これといって特徴は無い。その辺にいくらでもいそうな女。聞けばコイツは阿伏兎の女らしく、この船で住まわせたいと俺の所に揃って挨拶に来たらしい。長い間一緒に居たこの部下に女が居たなんて初耳だったけど、そんな事はどうでもいい。
「名前、です。よろしくお願いします」
女は小さな声で言った。不安なのか怖いのか分からないけど、とにかく怯えたように瞳を揺らしている。
「地球産?」
その問い掛けに阿伏兎が頷く。コイツ、いつの間に地球産の女なんかとコンタクト取ってたんだ。銀髪の侍の例があるからまだ分からないけれど、地球の、しかも女ならばやはり弱いのだろう。ついと名前と紹介された女を見ればまた阿伏兎の後ろに顔まで隠してしまった。女は背も小さくて、すっぽりと部下の背中に隠れてしまっている。何だか小動物のように思えてきた。女には困っていないけど、こういう奴は何だか新鮮だ。思わず舌なめずりをした。
「…団長」
咎めるような阿伏兎の声に、俺はいつものように笑みを浮かべた。
「美味しそうだね」
「何の話だ」
「さあ?」
とぼける俺に、阿伏兎は目を細めた。よっぽどこの女を大事にしているであろう事が窺える。
「阿伏兎、さん…」
黙って見合う俺達の間を女が割って入る。大した度胸なのか、ただの天然なのか。阿伏兎はハッとしたようにその女を振り返った。
「悪い、挨拶は済んだし行くか」
頷く女の肩を抱いて部屋を出て行こうとする阿伏兎の背中に、俺は声を掛けた。
「阿伏兎の部屋に住ませるの?そいつ」
「そのつもりだ」
「ふーん」
笑みを深める俺に、振り返った阿伏兎の眉間の皺が一本増えていた。女は先に部屋を出たようだ。
「団長、言っておくが、」
「もう遅いよ」
変わらぬ笑みを浮かべて言葉を遮った俺に、阿伏兎はまた俺を咎めるように見た。まるで俺の考えていることが分かっているかのように。この部下のそういう頭の良いところ、嫌いじゃない。だからこそ、俺は更に言ってやる。
「俺、人のものって奪いたくなるんだよね。知ってただろ?」

20100226 / 俺、人のものって奪いたくなるんだよね
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テーマ「人外ファンタジー」
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