(043.祈る とリンクしてます)

完全にしくじった。
いつもならこんなヘマは無いのに、その日は何故か違って。生温い感情は捨てたつもりだったのに。
「弱いなあ」
向かった任務先に居たのは、相変わらず弱い連中ばかりだった。折角戦場に立ってるっていうのに俺の潤いは満たされず、早く終わらせて名前のご飯が食べたいなんて汚い叫び声を上げながら息絶えていく連中を冷めた瞳で見て考えていた。殺しの作法は忘れないでいてやるのが唯一の情けだ。
「阿伏兎、つまんないよ」
近くで同じように任務を遂行していく部下は面倒くさそうに俺を振り返った。
「仕方無ェだろうが。もう少しで終わる、我慢してくれよ」
ブシャ
「俺は早く名前に会いたいんだよ。そんで抱き締めて、匂い嗅いで 

グシャリ
「ノロケは他でやってくれ。おじさん泣いちゃうぞ」
辺りに醜い叫び声と潰れる音を響かせながら、他愛も無い会話を繰り返した。泣いちゃうなんて気持ち悪いんだよ阿伏兎。
「あーあ。目標は?」
「あと二人」
「ふうん」
その二人を視界に入れた時だった。それは目の前の子供。これから強くなるかもしれない子供を殺す趣味は無いが目標であるなら仕方無い。しかしその姿は、
「かぐ、」
見慣れたオレンジ。その子供は、昔捨てた家族の一人にとてもよく似ていた。しかし違う。違うと頭で理解していながら、一瞬動きが奪われしまった。
「オイ団長!」
阿伏兎の俺を呼ぶ声にハッと意識が現実に戻った瞬間。
ぐちゃりと、深く肉を裂く音が自分の脇腹から聞こえた。
「!」
完全にしくじった。背後からの攻撃に、持ち前の反射神経で急所は免れたが辺りに大量の血が舞う。自分の血を見るのは鳳仙の旦那の時以来だ。裂けた場所が熱を持ち始めている。
「、チッ」
久しく感じていなかった痛みに、乱雑に背後の男の頭を蹴り潰し次に先程の子供の頭を片手で潰した。そのまま身体から力が抜け、地面に伏せる。頭が朦朧としている。
(これは少し、やばいかも)
薄れていく視界の中、阿伏兎が思い詰めた顔でこちらに駆け寄ってくるのが見えた。
(…)
いま、あいつは何してるかな。
(名前、)
そしてついに俺は意識を手放した。


「ん、」
次に目を覚ました時視界に入ったのは白い天井だった。傍らには点滴のようなものが見え、ここが船の救護室だということが分かる。
(帰ってきたのか)
自分の右腕に刺さったチューブを抜こうと左手を動かそうとしてやっと、誰かに手を握られていることに気付いた。
そちらに視線をやれば、名前がベッドに顔を伏せて眠っている。俺の手を強く握ったままだ。知らず笑みがこぼれた。手を離す気にもなれなくて、歯でチューブを噛み腕の針を抜き去る。
「…」
自由になった右手を握ったり開いたりしてみると、僅かな痺れはあるもののほぼ回復しているようだった。そして再び名前に視線をやる。少しやつれているようだ。目元には涙の痕が窺える。俺は何日眠っていたんだろう。
「名前」
元々眠りが浅かったのか、名前は俺の声に気付いてピクリと睫を揺らしゆっくりと瞼を持ち上げた。ぎゅうと手を握ってやると、名前は驚いたような目でこちらを見た。
「、かむ、いさ」
「おはよ」
漸く状況を飲み込んだかのように女はくしゃりと顔を歪ませぼろぼろと涙を流した。そして縋るように、両腕で俺を抱き締めた。
「かむ、神威さんっ」
震える声で呼びながら、ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるコイツが死ぬほど可愛かった。
「ほんとに私っ、神威さんがいなくなっちゃうかと、…!」
「ごめん、心配かけたね」
必死に訴えてくる名前の背中を撫でてやれば、身体を離して涙で濡れた顔で俺を見上げてきた。
「神威、さん」
「ん?」
まだ涙は止まらないらしい。かつてこんなに可愛い動物がいただろうかと考えながら名前の言葉に耳を傾ける。
「な、名前を、」
「名前?」
「っ私の名前を、呼んで、」
不安げに俺を見上げて呟く女。ああ、本当に可愛い。頬がこれでもかって程緩んでしまう。
ぎゅうと抱きしめて俺は唇を女の耳に宛がった。
「名前、ただいま」
「かむいさ、おか、おかえりなさっ」
うまく紡がれない言葉。でもその言葉に込められる想いは痛い程に伝わる。そのままうわああんと、名前はまた俺にしがみつく。そして俺も、愛しい女の体を強く抱きしめてやった。

20100311 / 呼ぶ
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