深夜。
今日も一日雑用を終えて就寝についていた私の眠りを、ドカンガラガラという物凄い音が妨げた。反射的に体を起こしてみればそこにはいつもの笑みを浮かべた我等が団長様の姿。その後ろを見てみれば、無残にも崩れたドア(だった壁)。訳が分からずに寝ぼけた頭で必死に思考を巡らせながら彼を見上げた。
「雑用、ご飯作ってよ」
今日はまだ休めないようだ。重い腰を上げて私はパジャマのまま団長と食堂に向かった。


トントントンと、誰もいない食堂(とそこに繋がる台所)に包丁の音が響く。
「早くー。まだ出来ないの?」
「ご、ごめんなさいっ」
「腹ペコなんだ。早くしないと殺しちゃうぞ」
「ひいっ」
背中にブーブーと団長の文句が突き刺さる。しかし作り始めてまだ数分しか経っていない。理不尽過ぎる団長に言い返す勇気もなく、殺されるのは勘弁なので私は調理する手を早めた。途端、
「いたっ」
不注意だ。包丁でサクリと指先を切ってしまった。少し深い。じんわりと滲む血と熱を持っていく指先になんだか泣きたくなってしまった。力の無い私は雑用しか脳のない人間だが、こんな夜中に叩き起こされ理不尽な文句を受けながら料理して、挙句指を切ってしまって。私はなんて馬鹿な女なんだろう。
「どうしたの?」
いつの間にか隣に来ていた団長に声を掛けられ、ビクリと体を震わせた。いかない、こんな感傷染みている暇があったら早く彼のお夜食を作らなくては。本当に殺されてしまうかもしれない。
「い、いえ、なんでも」
慌てて調理を再開しようとした私の腕を団長ががしりと掴んだ。力が篭っていて、折れるんじゃないかと思った。
「指、切ったの?」
彼の視線は私の指先。その問いかけに応える間もないままに私の切れた指を口元に運び、パクリと銜えてしまった。
「ひゃっ」
ピリリとした痛みが走った。生温かい舌が傷口を抉った。
「だ、だんちょ、」
舌の腹で傷口を刺激するように舐められる。時折合う眼の鋭さに、もしかしたらそのまま食べられてしまうのかと思った。しかしその不安が現実になることはなく、ちゅうと吸われて口は離れた。指も離され、団長は唇に付着した血を舌で舐めとった。その姿が何だかとても妖艶で、ドクリと心臓が高鳴る。そしてにやりと口角を上げて言った。
「お前の血、美味しいね」
頬に熱が集まっていく気がした。団長が、女の人たちに騒がれる訳が分かった気がした。
どきどきどきと、心臓が早鐘を打つ。静かな台所では、彼に聞こえてしまうんじゃないかというくらい。頭にまで熱が上ってしまったのか何も考えられずに団長を見つめていたら
、がしがしと頭を撫でられた。
「見惚れてないで、早くご飯作ってくれよ、名前」
瞬間、私の心臓は最高潮になった。言って私に背中を向けテーブルに戻っていく団長の背中を目で追いかけた。私の名前を知っていてくれた。団長が、こんな雑用の私の名前を。嬉しくて嬉しくて、また涙が滲んでしまった。でもさっきの憂いを晴らすには十分過ぎる言葉で。
「はい、神威団長っ。美味しいの作りますからっ」
声を弾ませて応えれば、団長はこちらを振り返ってにこりと笑ってくれた。「よろしく頼むよ」、という言葉とともに。
「おりゃりゃりゃりゃー!」
「もっと女らしく作れないの?」

20100304 / 雑用≠名前
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