「やあ」
「こ、こんにちは」
よく晴れた昼下がり。名前は初めて外で会う奈倉の顔をまともに見る事が出来なかった。

メモを受け取ったあの日の夜、早速連絡を取り合った二人は次に互いが休日の時にでもパソコン選びに出掛けようと約束していた。
その日から名前はどのような格好で赴いたらいいのかなどと気が気ではなく、不安な日々を過ごす。そして約束した今日、結局当たり障り無いワンピースでこの待ち合わせの場所である池袋の駅前へ訪れた。

(奈倉さんがここまで綺麗な人だとは思ってなかった)
それが名前の正直な感想だった。
陽に当たる機会が少ないのか奈倉の白い肌は素晴らしく透き通っていて名前には眩しくすら感じた。こんな相手の隣を歩くなど烏滸がましいのではとすら。
「可愛いね」
「…ん?」
好みの可愛い子でも通ったのだろうかと辺りを見回してみるが、奈倉はそんな名前に思わず吹き出して笑う。
「君さ、何か挙動不審じゃない?」
「えっ、そ…すみません」
言い出したのはそっちなのに挙動不振呼ばわりとは心外だ、とは言えずどこか不満げに謝る名前の頬に奈倉の手の甲が触れて滑った。
その行動に名前が顔を上げた時、漸く二人の視線がしっかりと交わる。
「名前さんがね、可愛いって言ったんだよ」
呆気にとられた名前の顔を、間抜け面と言いながら奈倉がまた笑った。


「あの、大丈夫ですか?やっぱり私が、」
「いいからいいから」
電器店のロゴが入った荷物を持つ奈倉に名前が控えめに声をかけて手を伸ばすがやんわりと断られる。この問答が何回も続いていた。
当初は緊張に強張っていた名前も奈倉の人柄がそれを解決してくれた。
待ち合わせて一番に電気店に向かった名前は奈倉が薦めるノートパソコンを言われるままに購入し、ついでにセッティングもやろうかと申し出た奈倉に快諾した。
「荷物持ちまでさせる訳にはいかないです」
「いいって。男の俺に恥かかせる気?」
「…ありがとうございます」
いよいよ反論する隙を無くし納得いかないながらも礼を言う名前に奈倉は満足げに頷いて再び歩き出す。
「それより腹減らない?」
名前が腕時計を確認してみるとパソコン選びをしているうちにいつの間にか、昼はとうに過ぎてしまっていたようだった。そう言われてみれば急に実感し名前の腹にも空腹感がやってきた。
「どこか入りますか?何がいいかな…」
「君、料理できる?」
少し考えて、人並み程度にはと返す名前に待ってましたと言わんばかりに奈倉は笑みを深めた。
「手料理ご馳走してよ」
「えっ、私のですか?」
「パソコン繋ぐのにも少し時間いるし、その間に簡単なものでいいからさ。そうだ、今日のお礼はそれにして貰おうか」
自分が作るよりどこか店に入ったほうが美味しいものが食べられるのに。
(奈倉さん、舌肥えてそうだし)
そう考えながらも手料理が食べたいと言われればやはり嫌な気はせずに名前は素直に頷く。
「スーパー寄ってもいいですか?」
「勿論。楽しみだなあ、どんな料理が、」
奈倉は、不意に言葉を切った。
続けて鋭い視線を前方へ向ける。
その違和感に気付いた名前が前方に視線を移すそれより早く、手首を引かれる。そしてぽすりと胸に抱き込まれたその瞬間。
言葉ではなかなか表せないような、ひどく重い金属が潰れるとにかく大きな音が、名前の背後で聞こえた。衝動的に振り返るとついさっきの瞬間まで自分達が立っていた場所に自動販売機が無残な姿で転がっていた。
名前にはその光景がまるで理解出来ない。しかし奈倉が腕を引いてくれなければどうなっていたかは容易に察する事が出来て、背中に冷たいものが伝った。
「全く、相変わらず馬鹿力だな」
頭の上で聞こえた声に漸く我に返る事ができた名前が奈倉を見上げると、思ったより近くにあった顔にどきりと心臓が跳ねた。慌てて視線を逸らし代わりに奈倉の見詰める方向を見れば、そこにはバーテン服を着た金髪の男性がこちらを睨んでいた。
歪に曲がった道路標識を軽々と手にしながら。

20120603 / 奈倉という男
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -