ぺちぺち。ぺちぺち。
昼時の某ファーストフード店。ハンバーガーとシェイクの乗ったトレイを片手に窓際の明るい席へと腰を降ろした静雄は、不意にガラスが叩かれる音を耳にして顔を上げた。見慣れた青い制服を身に纏う少女がこちらを見て満面の笑顔を浮かべているのがガラス越しに見えて、驚きに目を見開く。
「名前」
「ん?どうした?」
遅れて席にやってきた上司の田中トムの問い掛けに答えないまま、静雄は慌てたように席を立ち店を出て行く。怪訝そうに首を傾げその背中を視線で追いかければ、後輩が走っていく先には見知った少女の姿がある事に気付き”成る程”と納得して椅子に腰を降ろした。


「お兄ちゃん!」
静雄が駆け寄ると、その少女は浮かべていた笑顔を更に明るいものにさせて男を呼んだ。
「何やってんだ名前。学校はどうした」
「今はお昼休み。抜け出してきたの」
そう言うのと同時に、名前と呼ばれた少女は手に持っていた風呂敷包みの弁当箱を静雄に差し出した。目の前に出されたそれの意図が読めず、静雄はただ目を丸くする。
「お弁当」
「弁当?俺に?」
「そう。最近お弁当を自分で作るようになって、慣れてきたからお兄ちゃんにも食べて欲しいなって」
「そう、か」
「どうせ偏ったご飯なんでしょ?お兄ちゃんファーストフード好きだもんね」
弁当箱を受け取った静雄に悪戯めいた顔を向けた名前の表情が、”でも”と言って沈んだ。視線は先程居た、ファーストフード店内に向けられる。その席では視線に気付いたトムがにこにこと人当たり良い笑みを浮かべて名前に手を振っていた。
「…ちょっと遅かったかな?もうご飯買っちゃったみたいだし…要らなかったら、持って帰、」
トムに手を振り返していた名前が困ったように視線を静雄に戻すのと同時に、頭に大きな掌が落ちてきて思わず肩を竦ませる。しかし予想していたものとは違い、柔らかく髪を撫でるその手つきに名前は恐る恐ると双眸を開いた。
「…おにい、」
「食う。サンキュ」
実の兄とはいえなかなか見る事の出来ない静雄の穏やかな笑みに、名前の表情はゆるゆると綻んでいく。やがて嬉しそうに目を細めて笑いかけてくる少女に静雄は胸が熱くなった。
「じゃあ、私学校戻るから。お仕事頑張って」
「おう。お前もしっかり勉強すんだぞ」
「サボってばっかりだたお兄ちゃんに言われたくない!」
そう言って笑う名前の背中を静雄は微笑みながら見送った。暫くその姿を眺めやがて見えなくなった頃漸く静雄は店の中へ戻る。席へ着くと男の上司がニヤニヤと口元を緩ませて出迎えた。
「いいお兄ちゃんしてんじゃねえかよ、静雄」
「いや、まあ、」
椅子に腰を降ろしながら腑に落ちない様子でかりかりと頭を掻く静雄に、トムは首を傾げた。
「?、どうしたよ」
「や、あの、」
至って真面目に。静雄は丁寧に風呂敷を解きながら至って真面目な視線を上司、兼先輩の男に向けて呟いた。
「あいつ…スカート短すぎないっスか。パンツ見えちまうんじゃねえかなアレ」
ぎりり、と。風呂敷を掴む静雄の拳から骨の軋む音を聞いてトムは静かに溜息を漏らした。

20110327 / 静雄お兄ちゃん
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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