ドアを隔てた向こう側で、二人が話す声が聞こえた。
耳を澄ませてみるとどうやら正臣くんが私に会いに来たようで、ここの家主によって追い出されようとしているらしい。最後正臣くんに会ったのは一体いつだっただろうかと、既に見飽きた部屋の中を見渡した。でも此処から逃げようとは、一度も思わなかった。
ぼんやりと手首に当たる金属に視線を移した。重く冷たいそれは毎日の役目を果たしながら肌を赤く鬱血させていた。でもこれを外して欲しいとは、一度も思わなかった。
やがて向こうが静かになったかと思えば、軽い音を立ててこの部屋の扉が開いて私は顔を上げた。
「全く…何度来ても駄目だって言ってるのに、しつこいな」
鬱陶しげに溜息を吐きながら入ってきた男は、私と目が合うなり柔らかく笑う。
「ねえ、名前もそう思うだろ」
「臨也、さん」
最早体力も奪われ、掠れた声で男の名前を呼んだ。彼は浮かべた笑みはそのままに私の頬を撫ぜた。その指先は私の手首に繋がる鎖と同じようにひんやりとしていて、一度は愛した人ながら血が通っていないのではないかと思わせた。
「名前は可愛いなあ、やっぱり」
にんまりと唇が歪むのと同時にぱしん、と部屋に乾いた音が響く。頬を、張られた。じんじんと余韻を残す頬に耐えようとぎゅっと目を閉じると顎を掴まれ強引に視線を合わせられる。ここまでされても彼を憎いとは、一度も思わなかった。
「まさか、駒の正臣くんにしてやられるとは思わなかったよ。本当に」
臨也さんが、悔しげに眉を顰めた。
「浮気したらどうなるかなんて、分かってただろ?」
こうなった彼に抗う事など不可能だと、分かっていたから。

20101230(3万打企画 来良ヒロイン+浮気+監禁) / 未来は無い
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