あの怪物に彼女が出来たという情報は電撃のように校内を駆け巡り、もちろん俺の耳にもすぐに入ってきた。恐れられているあの男に釣り合う女なんてこの校内に居たのかと、色々な噂が飛び交い注目の的でしかなかった。
(…そろそろ来るかな)
屋上からの見飽きた景色を前に、ふと思った。アイツが来たら何て言ってやろうかな。ムカつくから偽の情報でも流してやろうか。静ちゃんああ見えて他に女沢山居るんだよ、とか。名前なら簡単に信じそうだ。馬鹿だから。馬鹿とか言ったら顔真っ赤にして怒るだろうな。そう考えて思わず頬が緩んだ。
そしてついに、がごん、と重い鉄の扉が開かれる音が聞こえた。
「臨也臨也臨也!」
聞き慣れた心地好い幼馴染の声で俺の名を呼ばれる。振り向けば、慌てて階段を駆け上がってきたらしい名前が息を切らしてそこに立っていた。身体弱いのに無理して。そんなに早く知らせたかったのかな。
「どうしたの」
にこりと笑顔を取り繕って穏やかに返してやれば、名前は意を決したように自分のスカートを力強く掴んだ。
「わた、私、私ね、」
溢れる気持ちが紡ぐ言葉に追いつかないのだろう。そんな様子に思わず苦笑して、俺はゆっくりと歩み寄ると乱れた前髪を直してやった。
「そんな慌てなくていいから」
上気した顔でごめんと謝る名前は、とても可愛かった。ただの女の子だった。これからその可愛い顔で俺にとって最も残酷な言葉を吐かれるのだと分かっていても、愛しくて堪らなかった。
「わ、私、静雄くんと付き合う事になった!」
満面の笑顔だった。ああ。可愛い。名前の言葉によって色々な返事を頭の中で用意していたっていうのに。その顔で全てが吹き飛んでしまった。
悔しい。悔しい。何故その笑顔が俺の為に浮かべられたものじゃないんだろう。いっそここで、俺も君が好き。なんて言ってしまえたら。
そんな気持ちを押し込めて俺が伝えるのはこれだ。何それ、と言って名前が俺の言葉で笑ってくれるのならそれでいい。結局俺には最後まで、勇気なんてものは出なかった。

20101105 / 娘を嫁にやる気分、かな?
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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