静雄sideを先にお読みになると分かりやすいかもしれません


「臨也ァァァ!」
普段と何ら変わった様子を見せない池袋に。静雄の怒声が響いた。
「ちょっと、いきなり暴力に訴えるのはよくないと思うんだけどなあ」
臨也は投げられた自販機をひらりと交わし、青筋を浮き上がらせて身近のゴミ箱を持ち上げる静雄の様子に大袈裟に両手を掲げて溜息をついた。
「手前…名前をどうしやがった」
「はあ?」
静雄の唐突な質問に、臨也は怪訝露に眉を顰めた。苛々と、ゴミ箱を持つ静雄の手に力が篭りめきりと潰れる音が響いた。
「アイツに電話しても出ねえ、メールも返ってこねえ、家にもいねえ。池袋にも姿を現さねえ」
フーフーと、どうにか自分を抑えようと肩で呼吸する静雄は怒りで震える声を紡いでいく。大人しく耳を傾ける臨也の袖からナイフが引き抜かれた。は、と蔑むような視線を男はしてみせた。
「シズちゃん、まるでストーカーだな」
その一言で、静雄の緒が切れた。大きな雄たけびと共に振りぬかれたゴミ箱は真っ直ぐと黒の男へ向かっていく。しかしその本人は呆れたように肩を竦めた後ひらりとそれを避けた。いつもならば、ここで自分が得意の身の軽さを駆使し逃げおおせて終いになる筈だった。いつもならば。
しかしその臨也の予想を男は裏切った。一瞬、たった一瞬静雄から目を離した隙に臨也は距離を詰められ、胸倉を掴まれた。そのままがんと背中に壁がぶつかる。走る激痛に目を細めると臨也は口元に弧を描いたままに目の前の男を見遣る。
「っ、シズちゃん…今日は本気だね」
垂れ下げていた頭を持ち上げ、静雄はにいと口元を歪めた。
「たりめえだ。質問に答えろ臨也」
静雄の力によって締まっていく襟元に、臨也は酸素を取り込もうと大きく息を吸った。
「名前が居なくなったのは、事実を俺に話した次の日からだ。手前が関わってる事は分かってんだよ」
「死んだよ」
臨也は、さらりと言い放った。瞬間力を篭めて震えていた静雄の手元がぴたりと止まる。
「…、あ?」
「名前は死んだ。自殺したんだ」
淡々と言葉を紡ぐ臨也に、静雄は目の前がくらりと歪む感覚を覚えた。目の前の男は何を言っているのか、静雄には理解が出来なかった。力の緩んだ静雄の手から逃れるように振り払い、臨也は襟元を整えた。静雄は再度臨也を捕まえる事はしなかった。
「手前、んなくだらねえ事ばっか言ってっと本気で、」
「シズちゃんさあ」
凛とした臨也の声が、静雄の声に被った。
「面白いよねえ。過去は繰り返す」
ぎくりと、静雄の肩が揺れた。
「な、に」
「名前はシズちゃんが好きだった。俺にいいように使われながら。大事な相手をずっと裏切っているのは、名前には耐えられなかった。優しい子だよねえ。まあ馬鹿なところはシズちゃんにそっくりだったけど。まあそれはいいか。だからこそあの日、名前は恐怖と戦いながらもシズちゃんに本当の事を話した。ねえシズちゃん」
臨也が、苦しげに顔を歪めた。静雄には、臨也の言っている意味が分からなかった。
「どうせなら、嫌いになって欲しかった。って、言ってたよ。名前」
足元が崩れていく感覚に静雄は襲われた。忌々しい黒の男を目の前にしているというのに、感情はどんどん冷めていった。
「シズちゃんの気持ちの押し付けが、名前を殺したって言っても過言では無いと俺は思うんだけど。君はどう思う?」
「、」
「名前が優しい子だって、シズちゃんも知ってるだろ。耐えられなかったんだよ、名前は。シズちゃんを裏切り、けどそれを知っても尚自分に愛情を捧げてくれる、シズちゃんが」
それきり話して、臨也はとうとう静雄に背中を向けた。感情の無い静雄の肩は、力無く重力に従っていた。


ばたん、
事務所兼自宅にしている扉を閉めて、臨也はそれを背に小さく息をつき天井を力無く見上げた。
「、くく、ははは!ああ面白い!あの様子ならもういつでも殺れそうだ!自分のせいで好きな女の命を奪ったなんて、アイツには耐えられないだろうなあ」
昔の事があるから殊更。と、臨也は面白げに笑んで玄関のスリッパに足を差し込みながら視線を床に落とした。
「まあ、…あながち嘘は言ってないし」
リビングに入り顔を上げた臨也の視線の先には妖精の首とは違う、もうひとつのそれが並んでいる。男は静かに落とされた瞼を見て、柔らかに微笑んだ。
「ただいま、名前」
首になって漸く男の愛を得ることが出来たその女の顔は、どこか泣いているようにも見えた。

20101105 / 歪み愛
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