流れだしてからしばらく。ある街に滞在してもう一週間になろうとしていた。それの目的は。
「あ!また来てくださったんですか!」
「ああ、ここの団子は美味いからな」
「ふふ。もう少しでお昼休憩なんです、よかったら一緒に食べませんか?」
「待ってる」
言えば彼女は可愛らしい笑顔を浮かべて奥へ入って行った。それを見送って腰掛けへと座り彼女を待つ。
巴の事を忘れた訳ではない。ただふと立ち寄ったこの甘味処で見た名前の笑顔は、俺に癒しを与えてくれた。荒んだ俺には眩しいくらいの笑顔で。ふと中で彼女の笑い声が聞こえる。何度かここに来ているが、彼女は看板娘のように皆に愛されている事は容易に見てとれた。優しい笑顔とたくさんの愛に包まれて育った名前は、俺とはやはり世界が違う。そんな風に考えていたら、隣に茶の入った湯呑みを置かれた。それを持ってきた人物を見上げればそこには年のいった女性がひとり。
「あんたが緋村くんかい?あの子からいつも話は聞いてるよ」
「は、」
「あの子、あんたが来るといっつも張り切るからね」
「張り切る?」
「判りやすい子だよ」
ははは、と笑ってその女性はまた中へと入っていった。…全然意味がわからん。出された茶を啜っていれば、今度は困ったような#名前#の声が聞こえて視線で中を伺った。見てみればなにやら先程の女性と話している様子。笑うその女性にぺこりとお辞儀した名前が、困ったように団子の包みを持ってこちらにやってきた。
「緋村さんごめんなさい、お待たせしちゃって」
「いや、大丈夫だ。どうかしたのか?」
「えっ、と、あの、緋村さんはこの後用事とかは」
「特には無い」
俺の返答に名前は安堵したような笑みを浮かべた。
「よかったら河原にでも行ってお団子食べませんか?」
「仕事はいいのか?」
「変な気、遣われちゃって…もう上がっていいから、緋村さんとどこか行ってきな、って」
すみません、と名前は俯いた。成る程と俺は先程の女性の考えを理解すれば、俯く彼女の頭に手を乗せて笑みを返してやる。
「好意に甘えるか」
「、ありがとうございますっ」
そう言って笑う彼女の笑顔はやはり俺の癒しだった。

「わー、気持ちいい!」
今日は天気がいい。土手へと腰を降ろせば気持ちのいい風が頬を撫でていった。隣に座る名前が団子の包まれた風呂敷を開く。一串持てば、名前は何を考えたのか俺の口元に差し出してきた。
「、?」
「あーん、です緋村さん」
「ばっ、あ、阿呆!」
一気に頬に熱が集まる。何を言い出すんだ、と俺は顔を逸らした 。
「緋村さあん、一回だけ!」
そんな猫撫で声で言われてしまえば無下に断る訳にもいかず、チラリとその団子を見た
その向こう側にはにこりと笑った女の姿。はぁ、と息をひとつ吐いてその団子を口に運んだ。
「美味しいですか?」
「、美味いがいつもと味が違うな」
「あ、今日は緋村さんの為に私が作ってみたんです。…やっぱりいつもの方がいいですか?」
「…いや、俺はこっちの方が好みだ」
小さく笑えば、名前はよかったと呟いて肩を撫で下ろした。あとは二人で他愛もない話をしながらその団子をたいらげていった。(主に名前が喋っていたのだが)
「緋村さん」
草に寝転がりながらぼんやりとしていたら、ふと名前に名前を呼ばれた。そちらに目をやるが、座っている彼女の背中が見えるだけで表情までは伺えない。
「緋村さんは、流浪人、なんですよね」
「ああ」
「いつかはまた、ここを離れて流れる…?」
「…ああ」
「そう、ですよね」
名前はそのまま、肩を落として膝を抱えてしまった。
「いつかと言わず、もう今日で一週間になる。そろそろ出ようかと思ってる」
「今日で、お会いできるの最後ですか?」
「…」
「もう、逢え、ない?」
沈黙を肯定ととったのか#名前#は、声を微かに震わせた。それ以上何も言わなくなった名前に俺は起き上がり、その頭を柔らかく撫でた。すると彼女は甘えるように俺の肩に頭を預けてくる。
「もう逢えないなんて、嫌、です」
「…」
「私、」
「……」
「私、緋村さんが」
今は、その先は聞くまいと。俺は彼女の唇に口付けていた。そっと離れれば、驚いたような照れたような名前の顔。
「また、逢える」
言い聞かせるように囁き、揺れる睫にも口付けた。
「その続きは俺から言いに、また来るよ」
微笑んで言えば、もう一度名前の頭を撫でて立ち上がった。
「約束、ですよ?」
「ああ、約束だ。だから笑って別れよう」
「お待ちしてます、ね」
そう言って笑う女の笑顔は、やはりとても綺麗で。俺は彼女に背を向けた。

20090618修正 / 彼女の笑顔・出会い
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