「さて、と…」
ガタン、と八戒が椅子を立った。
「僕はこれから夕飯作らないといけないんで…買い出し、名前さんにお願いしてもいいですか?」
「え、私?」
「名前さん以外に、頼める人います?」
「ああ…、うん、わかった!何買えばいいの?」
「メモを書いておきましたから、これを」
「はーい!ね、三蔵さん、カード貸して」
「俺も行く」
「えー…」
「嫌なのか?」
「いいえ別に。じゃ、いこっか」
そして二人は、宿屋を出て買い出しに向かった。

がやがやと、賑わいのある大通りを二人は歩いていた。メモを確かめる振りをして名前はちらりと三蔵を盗み見る。
「三蔵さんが買い出しに出るなんて、珍しいね」
「悪いか」
悪い訳ではないけど、と。歯切れの悪い言い方をしながら名前は肩を竦める。三蔵はその反応を怪訝そうに見るが、大した事ではないだろうと気にはとめなかった。
(三蔵と買い物なんて、やだな)
唇を尖らせて、名前は考えた。
(だってどうせまた三蔵さん)
名前は以前に二人で買い出しに出た時の事を思い出し、小さく溜息をつく。と、。
「あっ、」
八戒に渡されたメモに書かれていた物を売っている店を見つけ、名前は顔を上げた。次に三蔵を見て手を差し出す。
「三蔵さん、あそこで買い物してくるから、カード」
その言葉に三蔵が袖からカードを取り出し、名前に手渡した。
「ん、ちゃんと待っててね」
「あー」
煙草を口にくわえる三蔵が、店にまでわざわざ入らないだろうと考え名前が言う。三蔵の適当な返事を確認してからぱたぱたと小走りに店に入っていった。その背中を見送った三蔵は、特にする事も無く。ポリポリと頭を掻くと空き家の柱に寄り掛かり、#名前#を待つ事にした。
煙草を吸いながら、三蔵は大通りを歩く人々を見つめる。皆笑顔を絶やさず、とても活気の溢れた街だ。
(長居できねぇな)
自分達に巻き込み妖怪にこの街を壊させる訳にはいかない、と三蔵は煙を吐く。そこへ不意に、クイクイと袖を引かれた。そちらへ視線をやるとそこには、いかにも悟浄が食いつきそうな派手な装いの女が三人。三蔵を見ていた。
「ねぇねぇ、お兄さんひとり?」
「あ?」
「もしかしてお坊さん?お坊さんにもこんないい男がいるのね」
「暇してるんだったら、私達と遊ばない?」
口々に話し掛ける女達。鼻をつくような、香水の匂い。高い声を張り上げ、下衆な物言い。三蔵はあからさまに不機嫌をあらわにし、眉間に皺を寄せて女から視線を外した。
「あら、随分クールなのね」
「そうゆう年頃?可愛い」
(…うぜぇ)
自分達に都合のいいように解釈する女達に三蔵が内心舌打ちをした頃、名前は買い物を終えて店を出てきていた。
「あれ、三蔵さんがいな…、あ!」
辺りを見回して三蔵の姿を探すと、女達に囲まれている彼を見つけ名前は声を上げた。そして途端に眉を寄せて頬を膨らませる。
(もー!だから嫌だったのに!)
そうなのだ。前回の時も、その美貌からか三蔵は目を離すとすぐに女にナンパされていた。一度や二度ではない。むしろ、隣に名前がいるにも関わらず声をかける女達すらいた程だった。三蔵の彼女である名前にとってそれは優越感よりも、嫉妬で頭に血が上ってしまう事の方が多かった。名前は紙袋を抱えなおすと、意を決してずかずかと三蔵へ歩み寄った。ズイ、と。女の間を縫って三蔵の目の前に立ち、自分よりも背の高い彼女達を睨み上げる。
「…名前」
女と自分の間にいきなり現れた恋人に、三蔵が目を丸くしてその背中を見つめた。
「ちょっと、何このちんちくりん女」
「邪魔なんだけど」
女達が名前を見下ろし、口々に文句を浴びせかけた。名前は紙袋をぎゅうと握って勇気づけ、口を開いた。
「こ、こ、この人に、何か用ですか!」
「はあ?何どもってんのこいつ」
「あんたみたいな女、お呼びじゃないのよ」
「ほら、どきなさいよ邪魔!」
「…!」
一人の女が苛立ち、名前の腕を強く掴み力任せにグイと引いた。その反動で持っていた紙袋を落としてしまう。勢いがついて倒れそうになる体を、後ろから伸びた腕が抱きしめてそれを阻止した。
「っあ」
すっかり倒れてしまうのを予測していた名前は、ひやりとした胸を押さえて後ろにいる三蔵を見上げた。
(…わ)
三蔵の胸にすっぽりと収まりながら名前は、鋭い目で女達を見る彼に思わずドキリと胸を高鳴らせた。そして、ゆっくりと三蔵の口が開く。
「てめぇらがお呼びじゃねーんだよ、気安くコイツに触れるなババァ」
その言葉をきっかけに女達は後ずさり、やがて各々文句を垂れながらその場を去っていった。ぽかんとしている名前の体から腕を離し、三蔵は落ちている荷物を拾い上げる。その行動にハッと我に帰ると、名前もそれを手伝った。
「…あ、私が持つ」
「いい。買うモンはまだあるのか?」
「ううん、あの店で全部揃ったから…」
「じゃあ帰るぞ」
それだけ言って宿屋方向へ歩き出す三蔵に、名前は慌ててついていった。前を歩く三蔵の背中を見つめながら、くいと袖を引いた。
「…三蔵さん」
ちらりと、三蔵が足を止めて視線だけで振り返った。無表情の彼の心理が読めず、名前は俯く。
「…てめェに、」
「…」
「名前に袖引かれんのは、悪くねぇな」
「え?」
「…何でもない。さっさと歩け」
言ってまた歩き出す三蔵の袖から手が離れぬよう、名前は微笑んで足を踏み出した。

20090709 / 袖
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