最近、ぱったりとゼロスさんが来なくなった。
「ごちそうさまでした」
私はいつもの半分も食べないまま、食事を終えた。
「ん?名前、もう食べないの?」
リナさんがステーキを頬張りながら、不思議そうに私を見て言った。
「なんだか、食欲無くて」
「ふーん?」
「お散歩、行ってきますね」
「ん、わかったわ」
再び食事を続けるリナさん達を尻目に、私は宿屋から出た。ぷらぷらと、どこへ行くでもなく歩く。ふう、と。私は空を見上げた。
「……」
眩しいくらいの青で、目を細めた。ぼんやりとただ空を見上げながら私が考えるのは、
「ゼロスさん、」
いつも笑みを絶やさない、彼の事だった。姿を見せなくなってから、かれこれ一週間になるだろうか。最初の三日間は、特に何も思わなかった。平和だなー、程度で。五日くらいして、ゼロスさんが姿を見せない事に慣れていく事に、逆にソワソワしだした。そしてもう一週間が経つ。お仕事が忙しいのだろうか?何か、あったのだろうか?それとも私に、飽きてしまったのだろうか。
思うのは、ゼロスさんの事ばかりで。なんだかぽっかりと、胸に穴が空いたような気分だった。
「…ゼロスさん」
コツンと、足元にある小石を蹴ってみる。ふと、
『名前さん』
「!」
名前を呼ばれた気がして、振り向いた。しかし、そこに誰がいる訳でもなく。
「…馬鹿みたい」
自嘲した。幻聴まで聞こえるようになってしまったようだ。何を、期待しているというのか。私は小さく溜息をついて、少しだけ散歩した後宿屋へ戻った。そして今日もやはり、ゼロスさんが現れる事はなかった。



「おっし、行きましょうか」
朝。私達はいつも通り朝食を済ませると、早速宿を出た。またちゃっかり食堂でゼロスさんが待っているだろうか、なんて考えたけれど。その気配はないまま終わってしまった。ぼんやりとリナさん達のあとをついていく。いつもだったら、隣にゼロスさんがいてうるさいくらいに話しかけてくるのに。最近は本当に静かだ。
「…」
いけない、またこんな事を考えてしまった。振り払うように頭を振ると、ぱたぱたとリナさんに駆け寄り隣を歩いた。
「リナさん、今日はどこへ?」
「そうね、とりあえず街道の先にある次の街を目指しましょうか」
「今日中に、着きますかね?」
「さぁ、どうかしらね。距離が結構あるから下手したらまた野宿かも」
「えー、やだなあ」
「我慢しなさい、クレアバイブルの情報が無いんだから、仕方ない、」
「そんなリナさんに、耳寄りの情報が」
と、リナさんの言葉を遮り。どこかから聞き覚えのある声が響いた。聞きたくて仕方の無かった、懐かしさすら感じるその声。
私とリナさんが慌てて辺りを見回すと、木の枝に座っている彼が居た。
「ゼロス!」
リナさんが名前を呼ぶと、ゼロスさんは枝から飛び降り私達の目の前へと着地した。
(ゼロス、さん)
久しぶりに見た彼の姿に、私はごくりと息を飲んだ。懐かしさに、目頭が熱くなった気もした。しかし、
「名前さん、お久しぶりです」
それだけ言うと、ゼロスさんはリナさんに向き直り二人で話を始めてしまった。
(、あれ?)
いつもだったら、ここで抱き着いてきたり何なりするのに。あまりにもあっさりしていて、拍子抜けしてしまった。ふいに、肩をトントンと叩かれた。振り向いたそこには、不思議そうにするアメリアさん。
「名前さん、ゼロスさんと喧嘩でもしたんですか?」
「え、」
「何だか、妙にあっさりしてません?」
「そう、ですよね」
やはり他人から見てもそう思うのか、と私は肩を落とす。…何か、してしまったのだろうか?
「よーし!行き先が決まったわよ!」
考えを巡らせていると、リナさんがいきなり声を上げた。どうやら二人の会話は終わったようだ。
「ゼロスの情報だから胡散臭いけど、行くだけ行ってみましょ!」「胡散臭いだなんて…リナさんひどいです」
落ち込むゼロスさんを無視して、リナさんはずんずんと先を歩いていった。彼女が決めたのなら私達はそれに従うだけで、大人しくついていく。ゼロスさんも同行するのか共に歩き出した。
「…」
「…」
いつものように、彼は隣を歩いているのにこの違和感。ちらちらとゼロスさんを伺うも、彼は相変わらずにこにことしたままだった。
私は、堪らなくなって口を開いた
「ゼロス、さん。お久しぶりですね」
すると彼はこちらを見て、にこりと微笑む。
「ええ、お元気でしたか?」
「相変わらずです。ゼロスさんは、その、忙しかったんですか?」
「どうしてです?」
どうしてって、そんなの決まっている。私は少しだけ唇を尖らせた。
「……最近、来なかったから」
「ああ、すみません、ちょっと色々あって」
ごまかそうと、してるのだろうか。私は立ち止まり、ゼロスさんのマントの裾を掴んだ。
「わ、…名前さん?」
同時に、ゼロスさんも立ち止まり私を振り返る。じっと、相手を見上げた。
「私、何かしましたか?」
「え?」
「ゼロスさんがいきなり大人しくなっちゃったから、…何だか淋しいです」
ぽつりぽつりと、私は小さく呟いた。あれだけ邪険にしておいたくせに今更何を言うのかと、思われるだろうか。私はゼロスさんの目を見てられなくなり、ふいと逸らしてしまった。途端、
「っ、名前さん可愛い!」
「わっ」
そのシリアスモードをぶち壊すように。がばりと、抱きしめられた。意味がわからずに私は目を見開く。
「え、え?」
「本っ当に、名前さん可愛すぎます」
「ゼロス、さん?」
私が戸惑っていると、ゼロスさんは体を離して視線を絡めた。そして満面の笑顔を浮かべ、口を開く。
「押して駄目なら、引いてみろ作戦です」
「へ?」
私はきょとんと目を丸くした。それを無視するように、ゼロスさんはそれはそれは嬉しそうに言葉を続ける。
「名前さんが冷たいから、気を引きたくなって。すみません」
「え、あ、」
「お仕事が忙しかったのもあるんですけどね、でも毎日名前さんの事を想ってましたよ?」
「う、あ、」
「ああでもまさかこんなに効果があると思いませんでした。名前さんの口から淋しい、だなんて!」
「やっ、あのっ、」
「でも大丈夫です。これからは毎日逢いに来ますからね?もう淋しい思いはさせません」
「ち、ちがっ」
ちゅ、と。不意にゼロスさんが私に口付けた。その行動に私は彼を見つめたままぴたりと固まってしまう。
「大好きです、名前さん」
「っ、」
可愛らしい笑顔で言う彼に、さすがにグーパンをお見舞いする事はできなかった。

(…悩んだ私の時間を返してください)
(あれ、そんなに悩んでくれたんですか?)
(、もう知りません!)



20090708 / 大人しいと、なんだか淋しいです
第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
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