「ちょっとゼロス、そこは私の席。どいてくんないっ」
「おや、寝坊したくせに何を言うんですか?お姫様というのは随分我が儘にお育ちになるんですね」
私とゼロスは、仲が悪かった。
「魔族なんかに人の性格をとやかく言われたくないです」
「魔族といえど、人をただそうゆう分類で判断する辺りまだお子様ですね」
「なんですってー!」
「図星を突かれれば次は暴力ですか。全くこのお姫様は品性のカケラも無い」
「うーっ、」
「ちょっと二人とも朝から痴話喧嘩なんかしてんじゃないわよ!」
「リナさん!これは痴話喧嘩なんかじゃありません!」
「あー分かった分かった、いいからさっさと朝食食べるわよ!」
リナさんに怒られ八つ当たるようにじろりとゼロスを睨むも、ふん、とそっぽを向かれてしまった。
ううむかつく!
しかしまたリナさんに怒られるのは嫌なので、私はおさまらない怒りで拳をふるふると震わせながら、仕方なく空いた席へと腰をおろした。
私はというと。
ある小さな国の姫で、名は名前という。ひょんな事からリナさん達に出会い、旅に同行させてもらう事になってから結構な時間が経ったと思う。皆さんちょっと個性的だけど根はいい人達で、すぐに打ち解ける事ができた。
が、見て分かる通り。私とゼロスだけは仲があまりよろしくない。というかむしろ、かなり悪い。顔を合わせる度にこのような口喧嘩をしているのだった。…口喧嘩といっても、結局はいつも私が負けるのだが。
たまに何でこんなに嫌われてるのだろうと考えたりするけれど、きっとお互いウマが合わないのだろうと深く考えない事にしている。
私は苛立つ気持ちを抑え、運ばれてきた食事へと手をつけた。

朝食が終われば、また今日もこの街を拠点にカタート山脈への手掛かりを捜しに宿を出る。リナさんとガウリィさん、アメリアさんとゼルガディスさん、私とゼロスで別れて行動する事になった。
もちろんそれを決めたリナさんに散々文句を言ったが、やはりそれは却下され。
「ちょっと」
「なんですか?」
「離れて歩いてよ」
「心外ですね。僕だって貴女なんかとご一緒するのは嫌なんですよ何が好きでこんな女性らしくもない方と…」
むっ。それは私だって気にしてるのに。いいじゃない少しくらいお転婆でも。
「わ、私だって、」
「何です」
「何でも無い!ゼロスのバーカ!」
「あ、」
ああ、こうゆうところがお子様なのか。私は完全に拗ねてしまい、そう言い放ってゼロスを置いて走り逃げてしまった。
私だって女の子らしい事には興味はあるし、可愛くもなりたいもん!ゼロスの馬鹿!生ゴミ魔族!やっぱりだいっきらい!
そんな事をぐるぐると考えながら夢中で走ったら、気付けば随分と街外れの方へ来てしまったようだった。私はハッとして辺りを見回す。
「いけない、戻らないと、」
魔族に狙われる危険性があるから決して街から離れた場所で一人にはなるなと、言われているのだ。リナさん達に迷惑がかかってしまうし、何よりまだ死にたくなんかない。私は慌ててもと来た道を戻ろうと足を踏み出した。
が、その瞬間。ゾワリと背中に冷たいものが走る。
「お前、リナ・インバースの仲間だな」
しまった、とその声の出所を振り向こうとした直後、足元に雷のような衝撃がバシリと落ちた。足を掠めたそれに私は驚き、後ろへと尻餅をつくように倒れる。
「、いたっ…だ、誰!」
「知る必要は無い。お前はここで死ね」
「姿くらい見せ、っぅあ…っ」
言う暇も無く。再び先程のような衝撃が落ち、私は咄嗟に体を捻るもよけきれずに、それは脇腹を掠め裂かれてしまった。
「っ、ん…ッ」
「次は外さん」
脇腹が、熱い。いきなりピンチだ。元々私は戦闘能力は低い。一人ではどうしたらいいか分からない。やばい、こわい。動けない。助けて。誰か、。
私は瞳を揺らしながらただこの状況をどう打破するかしか考えられず、混乱した。当然のように答えが出るまで相手が待ってくれる、なんて事は無く。先程より威力があるものなのか、凄まじく光り私にまた雷のようなそれが放たれた。
もう駄目だと、堅く目を閉じたその時、
「全く、手のかかるお姫様ですね」
「ぐああ…!」
ゼロスの声と同時に、先程の魔族の叫び声らしきものが聞こえた。衝撃を待つもそれは無く、うっすらと目を開ければそこにはいつも通りの笑顔を浮かべたゼロスが私を見下ろしていた。
「ゼ、ロ…」
「貴女が殺されちゃったら、リナさんに怒られるのは僕なんですよ?」
「な、なんで」
意味が分からず彼を見つめていれば、再びにこりとひとつ笑みを浮かべ私に手を差し出す。
「さ、立てますか?ひとまず街に戻りましょう」
「も、戻るって、魔族が、」
「もう終わりましたよ」
お、終わったってあんな一瞬で?驚いたように目を見開くも、ゼロスはやはり平然と笑みを浮かべるだけだった。
そうだ、彼はあまり戦闘は見せないから忘れていた。ゼロスは獣王が作り上げたたった一人の獣神官。私達人間の脅威である下級魔族の一匹や二匹ですら、ゼロスにとってはゴミにもならない相手なのだ。いつも口喧嘩こそしているが、その実力を目の当たりにして私はブルリと体が震えた。
そして彼は、再び私に手を差し延べてくる。その手を一度チラリと見てから、すぐに私は顔を逸らした。
「一人で、立てるもん…」
ぽつりと言って痛む脇腹を押さえ、ふらりと立ち上がり背中を向ける。ゼロスはそんな私を見て小さく溜息を吐いた。
「全く。弱いくせに強がって」
ゼロスの言葉に私は奥歯を噛んだ。しかし反論はできない。弱い、そう、弱いのだ。今までだって何度かリナさん達の足手まといになったのは、分かっていた。認めたくなかった。
たいして何か出来る事はない上、結果このように助けられて強がって。本当に救いようのない女だ。
「…、っ」
一度認めれば、どんどんと悪い考えは浮かび上がり目頭が熱くなった。馬鹿だ、本当にわたしは…。ゼロスに嫌われるのも当然だ。
「わら、えば…いいじゃん…」「ええ、笑っちゃいますね」
「…、」
「こんな弱い人間に惚れている魔族なんて」
…、え?
私は一瞬その言葉の意味が理解出来ずに。少し考え、やっとの事で理解できれば次はきょとりとした間抜け顔で彼を振り返った。
「うわー、不細工ですねその顔」
「え、うあ、や、今…?」
「え?」
「惚れ、…?」
「それが何か?」
な、何かって…。そんな平然と。「わたし、に、惚れ…?」
「もしかして、気付いてなかったんですか?」
気付くわけがないだろう、と。私は一気に顔に熱が集まるのを感じた。ゼロスの顔が見れずに俯くと、頭の上からクスクスと笑い声が聞こえる。
「随分と鈍いお姫様でいらっしゃるんですね」
「だ、だって!ゼロスいつも私に悪口ばっかり、」
そう、いつもいつも顔を合わせれば嫌な事しか言わないし。感極まって涙する時だって少なくはないのだ。嫌われているのだと確定ではないか。それをまさか誰が、す、す、好き、だなんて思うというのか。困ったように考えを巡らせていれば、ゼロスはふう、と肩を竦めた。どうせまた頭が悪いなどと呆れているのだろう。
「ま、なんといいますか」
「な、に」
「好きな子はいじめたくなる、ってどうやら魔族にも当て嵌まるみたいですよ」
……。次々と理解できない言葉を発されて、どんどんと困惑していく私の頭。と、同時に熱くなる私の頬。全然意味がわからない。
「まぁそれより、怪我の方は」
「、さ、触らないでっ」
私の脇腹の怪我に伸ばされたゼロスの手。一瞬、ピリと痛みが走れば私は慌ててその手を払いのけた。と、思ったのだが、
「、!」
その手で逆に手首を捕まれてしまった。意外にも強いそのゼロスの力に顔をしかめる。
「は、離し」
「貴女なんてどうせ弱いんですから、大人しく僕に護られていればいいんですよ」
「、…っ」
垣間見せた紫暗の瞳に、私の心臓はドキリと跳ね上がる。ゼロスはそのまま前髪で表情を隠したかと思えば、私の腕を引いて街の方へと歩き出した。
「あっ、待っ、」
と、自分の脇腹を押さえようとするも、既にそこに先程の怪我は跡形も無く。
(怪我が…もしかしてさっきゼロスが触れた時)
もう全く痛みの無くなった脇腹からゼロスの背中へと視線を移せば、何やらいつもの苛々とは違う別の感情が私の胸に生まれている事に気が付いた。
…、握られている手首が、やけに熱い。
「ゼロス、」
「何です」
短く返された言葉に、胸がきゅんと熱くなった。私は掴まれた手首を力任せに払い、彼の背中へと抱き着いた。
「!」
「ゼロス、…ありがとう」
面と向かってじゃ絶対言えないから。その背中にぽつりと呟く。
するとゼロスは少しの沈黙の後、力を抜くように長い溜息を吐いた。
「もう、僕のいない所で怪我なんか作らないでくださいよ」
「、うん」
ゼロスのなんだか不器用で優しい言葉に、私はクスリと笑った。


「ちょっと私の残しといたプリン食べたでしょ」
「おや、隅に置いてあるからもう要らないのかと思いましたよ」
「絶、対、うそ!私がプリン好きなの知ってるくせに!返してよー!」
「プリンひとつでそんなに喚いて、醜いですよ」
「なっ、なんですってー!」
夜になって夕飯を皆で囲みながら、私とゼロスは相変わらず口論を繰り広げていた。
「全く、名前とゼロスも飽きないわねー」
「まぁまぁリナさん。喧嘩する程なんとやら、ですよ」
「そー言うけどねアメリア、どう見てもこの二人がなんとやらには見えないんだけど」
「ま、まぁ…」
リナさんとアメリアさんの呆れた様子を尻目に、私とゼロスはやはり口論を続ける。素直になれない私達は、きっとずっとこうなんだろうなと思った。今ではそれも心地いい。でも。
「……」
「……」
ふと交えた視線で、私達だけが知っている真実を語り合えるのは。ちょっと、うれしい。

(なんて絶対!ゼロスには教えてやらないけど!)
(は、何がです?)
(秘密!)
(…む)



20090618 / 喧嘩する程なんとやら
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