あれからしばらく経って倒れたことも忘れたくらいのこと。手にしているくるみパンを口に含みながら家へと帰っていた。行儀が悪いのは無視しとく。最近何故だかくるみとか木の実が入ったパンやお菓子が無性に食べたくなる。そのせいか鞄の中はパンとお菓子だらけ。あとは心なしか身軽になった気がする。原因は不明。そういえば手の甲に変な痣ができているのだけれど関係があったりするのだろうか。まあ、別に生活に支障があるわけでもないから気にしてはいなかった。
ああ、早く帰ってテレビでも見よう。
そんな気楽な考えを持ちながら帰宅していた。
くるみパンの最後の一欠片を口に入れて咀嚼する。
そのときだった。
ドオオンと物凄い轟音が後ろから聞こえた。
口の中のくるみパンをゴクリと飲み込みながら振り返ると、
「なにあれ…、」
訳のわからない動物?が通りで暴れていた。人々の悲鳴が通りにこだまし、散り散りに逃げて行く。
そんな中で私は恐怖で動くことが出来なかった。通りに残ったのは私だけ。必然的にその凶暴な動物は私に狙いを定める。
ああ、ここで死ぬんだななんて覚悟したその時、私の頭にある言葉が浮かんできた。
「ミ、ミュウミュウミカン、メタモルフォーゼ!」
何故この言葉を言おうと思ったのか分からない。訳も分からない内に勝手に口をついていた。
言葉を発した後に私の体は光に包まれる。
その光のまぶしさに動物は一時動きを止めた。
私もあまりのまぶしさにぎゅっと目を閉じる。
次に目を開けた時、
「え、えぇえええええ!?」
さっきまで制服だった服は露出高めのオレンジ色で靴も違うものになっていた。
そしてもう一つ違和感。
「み、みみ!?しっぽ!?」
頭をさぐれば小さな耳。後ろを見れば大きめのくるりと丸まった尻尾。
まるでリスのよう。
訳がわからず軽くパニックを起こしていると、その間に光から立ち直った動物が再びこちらへ向かってくるのが見えた。
逃げなきゃ。
そう思ったのだけれど何故だかわからないが今からしなければいけない事が分かった。
「ミカンバレット!」
私がそう言うと手に銃のようなものが現れた。
私はそれで動物に狙いを定めると、
「リボーン、ミカンシュート!」
そう言って撃った。
撃った瞬間に出てきたのはオレンジの玉。
それは見事動物に命中し、動物は小さくなって同時にクラゲに似たものが出てきて飛んでいった。
「終わった…?」
自分を襲う脅威がなくなったことで力が抜けた私は地面に座り込んだ。
あれは何だったのかとか、どうして頭に言葉が浮かんできたのかとか、どうやったら元の格好に戻れるのかとか、一度に色々なことを考えすぎてパンクしそうだった。
しかも力が抜けてしまった足には力が入らず、立てそうにもない。
そんなとき、後ろからバタバタと誰かが走ってくる音が聞こえた。
振り返ると息を乱した私と同じくらいの金髪の男がいる。
彼は驚いた表情をして私を見ていた。
「お前…一体どういうことだ…」
こっちが聞きたい。
訳がわからない。
怖い。
泣いてしまいそう。
「…立てるか?」
彼はそう言ったが正直言って立てる気がしない。
泣くのを堪えて俯きながら首を横に降る。
すると彼の舌打ちが聞こえた。
思わずびくりと肩を揺らす。
「しょうがねえ」
彼のその声が聞こえた瞬間、突然の浮遊感。
驚いて顔を上げると金髪の彼の顔がすごい近いところにあった。
俗に言うお姫様抱っこ。
「え、ちょ、やだっ、離してください!」
「立てねえのにか?」
そう言われると返す言葉もない。
でもどこへ連れて行かれるのか分からないのは怖い。
「全部説明してやるから黙っとけ」
彼はそう言って歩き出した。
全部知っている?
あの動物も、私のこの格好になってしまったことも。
彼に連れて来られた場所はピンクを基調としたカフェだった。確か家のすごく近くに新しく出来たと友人が話していた気がする。
彼にお姫様抱っこされている間はただ黙って泣くのを我慢していた。そうでもしないと涙が溢れてしまいそう。目的地に着いた今でさえもだ。
「稜、その子は…」
中に入ると長い髪を後ろでまとめた爽やかな男の人が私をお姫様抱っこしている男に話しかけてきた。
「6人目のミュウミュウだ…」
「…恐らく誤っていちごさん達と一緒に打ち込んでしまったのでしょう、とりあえず奥に」
頭上でよく分からない会話がされ、よくわからないまま私は奥の部屋へと運ばれた。
「そろそろ立てるよな」
部屋に着くと彼は私を下ろした。
「突然すみません、橙野みかんさん。私は赤坂圭一郎と言います。彼が」
「白金稜だ。お前に説明しなければなない。と言っても俺もまだよく分かってない。圭一郎、頼んだ」
「はい」
赤坂さんと白金さん。そう名乗った二人は淡々と話を進めていく。
「みかんさん。先程貴女が戦っていた生物、覚えていますね?」
もちろん、忘れるわけがない。
私はこくりと頷いた。
「あれはエイリアンが地球上の生物に寄生したキメラアニマと言います。彼らの正体は不明なのですが地球を乗っ取ろうとしています。それと戦ってもらうために我々はレッドデータアニマル…絶滅の危機に瀕している動物の遺伝子を皆さんに打ち込んで戦ってもらっていたのですが…本来は5人のはずでした」
よくわからないけれどエイリアンが地球を乗っ取ろうとしていて私はそれと戦わなければならないということだろうか。
でも5人て。私は6人目とさっき言っていなかっただろうか。
「お気づきの通り、貴女はミュウミュウになる予定ではなかった。しかし我々の手違いで試作品だったエゾシマリスの遺伝子を打ち込んでしまった。貴女の手の甲の痣が何よりの証拠です。ただ、試作品だったために効力は小さく貴女の反応だけ捉えられなかった。それに遺伝子が適合しない場合、エゾシマリスの遺伝子は無意味なものとなり貴女はミュウミュウにはならないはずでした。しかし、」
赤坂さんはパソコンをカタカタといじるとエゾシマリスの資料と恐らく私のものである資料をプロジェクターのようなもので映し出した。
「異常に合ってしまったんですよ。貴女とエゾシマリスの遺伝子が」
プロジェクターに合致率100%と表示される。
「なるほどな」
白金さんが納得したように言う。
「みかんさんには申し訳ないことしました。本来、巻き込まれるはずではないのに。すみません」
赤坂さんは頭を下げる。でも謝られたってなってしまったものはどうしようもない。元には戻せないのだ。こんなの理不尽すぎる。
「まー、あれだ。なっちまったもんは仕方ねえ。いちごたちと戦ってくれ」
「理不尽すぎます!突然エイリアンに襲われて突然変身して。それが間違ってやったこと?訳がわからないのに地球を守るために戦え?あんなに怖いのに?」
「そんなこと言ったって仕方ねえだ、ろ…」
白金さんの声が段々と小さくなっていく。
それはきっと私を見たから。
堪えきれなくなった私は、ついに泣いてしまったのだ。
「お前、泣くなよ!」
「本当に、怖かった、ん、です…!なのに、ひっく、うう…。押し付けられても、わたしに、は、ひっく、できな、い、っく、」
泣き続ける私に白金さんが気まずそうな顔をした。関係ない私を巻き込んでしまったことにそれなりに責任は感じているのだろう。
「ひっく、うう、」
「っあーもう、悪かったって。もう泣くな!」
突然、白金さんが私の頭を乱暴に撫でてきた。
「何もお前一人で戦う訳じゃねえ、他にもお前と同んなじ奴がいる。お前らにしか出来ないんだ。巻き込んじまって本当に悪い。何かあった時は俺を頼ればいい。こうなった責任はとる」
そのあと泣き止むまで私の頭を撫で続けた白金さん。
「お前にしか出来ないんだ」
もう一度そう言われて私は頷くしか出来なかった。
十分わかったから。白金さんが責任を感じていることが。
私の頭を撫でながら申し訳なさそうにするのを見れば分かる。
それに…地球が滅ぶのは嫌だしね。
20131226
修正20170217
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