いつもそうだ。自身のベッドに座った独歩さんは、恥ずかしそうに私のことを手招きして呼ぶ。それにつられて彼のそばに向かうと、私のことを後ろから腕を回して私のことを抱きしめてくれた。
そして、それから、私の胸を揉むのだ。
会うたびやつれいているような気がする独歩さんが、私の胸を揉みながら幸せだと言わんばかりに息を吐く。最初の頃は、それで独歩さんの疲れが取れるならいいかななんて、私も気にしないで本を読んだり、スマホをいじったりして、背中に当たる体温を心地よく思っていた。
しかし、だ。
会うたび会うたびこれで、会話より先にこれで、いや一体彼は私のことをなんだと思っているのだろうと思う。ただのおっぱいだと思っているのだろうか。確かに人より胸は大きかったし、揉み応えもあるんだろう。知らないけど。

「独歩さん、夜ご飯は何がいいですか」

手にしていた料理本を私の肩口に顔を埋める独歩さんの方へ向ける。彼は私の肩に顎を置いて、料理本を覗き見た。こうして話はちゃんと聞いてくれるし、答えてもくれる。ただし、彼の手は接着剤でもついているのかと言わんばかりに私の胸に張り付いて、ゆるく動いている状態だが。

「なんでも…名前さんが作るご飯は美味しいし」
「じゃあ私が鮭のムニエルが食べたいので、それで」
「あの、名前さん、」

突然、独歩さんは恐る恐ると言うように声をかけてきた。

「はい、なんですか?」
「こんなこと、言うのも変だし、気持ち悪いと思うけど、あの、服の中に手を入れてもいいですか」

は?
私は一瞬彼の言ったことが理解できなかった。まさに絶句。服の中に手を入れる。うん、つまり、君は、直で胸を揉みたいと、そう言うことだろう。
今の夜ご飯の話のどこにそう思った要素があったのかも甚だ疑問である。急すぎる、意味がわからない。

私の反応がないことに、独歩さんの鬱スイッチが入ったらしい。

「いやどう考えても気持ち悪いよな、一応付き合ってるけど服の中に手を入れたいだなんて変態…すぎる…。俺なんかが名前さんと付き合えていることが奇跡なのにわがままとかありえないよな…。引かれても仕方ない、俺が悪いんだ全部…」
「独歩さんは私のこと、どう思ってるんですか」
「え、なんで…そんなこと言うんですか、」

私の質問に、独歩さんは静かに聞き返した。
なにそのそういう風に言われる理由がわからないみたいな声。少し考えれば理由なんてわかるだろう。今お前が揉んでるその手を心に当てて考えろ。

「だって会えばいっつもおっぱい、おっぱいおっぱいおっぱいおっぱい…!!!!」

私は独歩さんの腕を振り払って勢いよく立ち上がる。それから仁王立ちになって独歩さんを見下ろした。
独歩さんは、常に悪い顔色をさらに悪くさせて困惑を顔に浮かべている。

「な、泣いて、」
「そりゃあそうでしょう!会えばおっぱいでまるで私よりおっぱいと会うために私と会ってるようなもんじゃないですか!」
「ちが、そんなことな、」
「そんなことあります…!」

ただの脂肪の塊にこんな気持ちにさせられるなんてと悔しくて涙が出てきた。
わかっている、独歩さんがちゃんと私のことを好きでいてくれてることなんて。胸だけが目当てだったら、話を聞いてくれたり会話をする必要なんてないし、こまめに連絡をくれたりする必要も、一緒に出かけたりする必要もない。それから、一生懸命誕生日にプレゼントを選んでくれたり、あんまり言ってはくれないけれど、かわいいって言ってくれたり、好きだと言ってくれる必要もない。
本当は全部わかっているけど、でも、やっぱり、胸に負けるなんて悔しいじゃないか。

「独歩さんの、ばーーーか!」

子供みたいに叫んでその場にうずくまる。気がすむまで泣いてやる。
独歩さんはどうしたらいいか分からなくておろおろしていた。

「いっつも抱きしめてくれるくせにこういう時は抱きしめてくれないんですね」
「えっ、あっ、」

うずくまったままじと目で独歩さんを見てやると、さらに焦り出す独歩さん。それを見かねて私がん、と両手を広げて見せると、恐る恐ると言ったように私の背に腕を回して抱きしめた。

「…あの、名前さん、」
「少し意地悪しました。ちゃんとわかってますので安心してください」

そうは言いつつ、私の声色は少し冷たかったように感じた。自分で思っているより、怒っているのかもしれない。
びくりと肩を揺らして動揺をあからさまにする独歩さんにもそれが伝わったのだろう。

「あの、俺、」
「分かってます!大丈夫、ちょっとだけ拗ねただけですから、」

これ以上独歩さんを責めても仕方がないので強制的に話を終わらせようとした。また鬱スイッチが入っても困るし。
しかし、急に肩を掴まれたかと思うと、ぐいと押されて独歩さんとの間に距離ができる。何事かと目を白黒させていると、顔を真っ赤にさせた彼は、

「ちゃんと、言わ、せろ…!名前さんのこと、ちゃんと、大事に思ってるか、ら…!文句があるなら言ってくれ、ちゃんと直す、ように努力…は、する」

と、必死に言葉を紡いだ。
やっぱりちゃんと言葉で言ってもらえると、どうしようもなく嬉しくって、さっきまでのモヤモヤなんてどこかへ行ってしまった。

「じゃあ、胸ばっか触るのやめてください」
「う、はい」
「なんで躊躇うんですか。馬鹿。別に触るなとは…まあ言いませんけど…。ずっとは嫌です。なんか自分の胸に負けた気がするので」

私がそう言うと、独歩さんは反省したようにすみませんと呟いた。


20181205
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