「今日の夜、暇だよねっ?まあ、このボクが誘っているんだから当たり前でしょ?」

ふふんと胸を張って満足げに笑う桃李君はとてもかわいい。とても可愛いのだけれども、私はそんな可愛さで癒しきれないほど疲労していた。それもそのはず、うっかり今日で2徹目。全く眠れていないわけではないけれど、数時間しか眠れていない私の体は睡眠を欲していた。調子に乗って次のライブの企画書練っていたらこのありさまだ。睡眠不足の状態の作業ほど効率の悪いことはないが、思いついた今、どうしても仕上げてしまいたかったのだ。晴れて完成した企画書は無事に生徒会に認められ、今日は安心して眠ることができそうだった。今日の夜?睡眠に決まっているだろう。そんなことを言ってしまえば目の前の小さな天使様は拗ねてしまうのでどう回答するか決めあぐねていた。

「じゃあ、学校が終わったら迎えに行くから!準備しておいてねっ」

回らない脳を動かしている間に桃李君はいつの間にか姿を消していた。私には行くという選択肢しか残されていないのだろう。ぼんやりと立ち尽くす私の頭上で始業の鐘が鳴った。


あっという間に放課後になり、HRが終わるや否や、

「名前〜!ほら、早く行くよ!」

きらっきらの笑顔で私を出迎えてくれた。とても楽しそうな桃李君は、私の手をぐいと引っ張りながらどこかへと連れていく。いったいどこへ連れていかれるのだろうか。そんなことを考える気力もない。とにかく眠い。桃李君には申し訳ないが、私は今とても眠い。

「ねえ、桃李君ごめん、私……」
「いいから!名前は黙ってついてきてくれればいいのっ!」

文句を言う権利すらなかった。もともと少し横暴なところがあったけれど、今日は一段とそうだ。
それに言い返す気力などあるわけもなく、私はただ桃李君の思召すままに進むしかなかった。





「名前!いい加減起きてよ!もう〜!いつまで寝てるのっ!」

揺らされる振動と桃李君のその声で目が覚めた。怒る桃李君の声をBGMにゆっくりと瞼を開く。どうやら桃李君によっかかって寝ていたようで、座ったまま寝ていたからだろうか、首が痛い。パキパキと首を鳴らしながら、桃李君に謝ろうと思って首を上げた時だった。

「えっ、真っ暗」
「何当たり前なこと言ってるの〜?夜なんだから暗いに決まってるじゃんっ!」

目の前の風景に驚いた私を桃李君は怪訝そうな顔で見る。でも、起きる前が夕方だったのにいつの間にか夜だなんて驚いてもいいだろう。
というか、車に乗ったところまでしか記憶がないのだが。
今いるのは少し小高い丘のようなところだ。ご丁寧にシートを敷いて、肩にはブランケットも巻いてある。用意周到なところを見て、目的地はここだったのだろう。
一体どれくらい寝てしまったのだろうか。こんなに真っ暗になっているのだから結構な時間寝てしまったのではないか。その前にここはどこだろう。こんな遅い時間に外にいて大丈夫なのか。というか帰りはどうしたらいいのだろう。周りには私と桃李君しかいないような気がする。
睡眠をとった私の脳は寝る前が嘘のように回転してくれる。まずはアイドルである桃李君の安全の確保をしなければ……。

「ねえ、なんか余計な事考えてるでしょっ!ここは姫宮家の私有地だから心配しなくて大丈夫だし、ボクが呼べばすぐに迎えも来るからっ!そんなことより上見てよ、上!」

桃李君は私の頬をがしりと両手でつかむと、力任せに上を向けてきた。思わず痛いという言葉が口から出そうになる。
しかし、言葉が出るより先に、私は目の前の光景にくぎ付けになってしまった。

どこまでも広がる満天の星空。桃李君が手元のライトを消してしまうと、月明りだけが私たちを照らした。人工的な光など比にはならないくらい美しくてそして力強い輝きに、思わず息を飲んでしまった。

「すごい…」
「どう?ボクのお気に入りなの。疲れたときとかに見に来ると元気が出るんだ。名前、ここ何日か頑張ってたみたいだし?たまには労わってやってもいいかな〜と思ってね!」

相変わらず横暴な物言いである。しかし、その中にしっかり優しさが含まれていて、とても嬉しくなった。

しばらく穏やかな時間が流れ、二人で静かに満天の星空を眺めていると、隣で桃李君が身動きする音がした。どうかしたのだろうかとようやく目線を下げると、隣にいたはずの桃李君がいつの間にか書面にいた。

「頑張った名前を褒めてあげるっ!」

そういうと桃李君は私の頭に手を伸ばして、それからわしわしと撫でてきた。さながら犬を撫でるように力強くなでるので、私の髪は乱れてしまう。怒る気にはならなかった。だって桃李君が私を元気づけようとしてくれているのは十分わかっているから。でもさすがに力強すぎて、撫でられながらくすくすと笑っていると、

「ちょっと〜!なんで笑うわけ!ボクが褒めてあげてるんだから光栄に思いなよっ!」

むうと頬を膨らませる桃李君。
せっかく褒めてくれたのに怒らせてしまったかなと申し訳なく思っていたが、怒った表情をしていたのも束の間、少し安心したように優し気に微笑んだ。

「まあ……、名前の元気がでたならよかった、」

星と月の明かりしかないはずなのに、彼もキラキラと輝いているように見えた。


20200504
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -