1分ほど格闘したあと、累は潔く櫛を持った手を置いた。本日の天気、大雨。髪が長く、質量も多めな累の髪は湿気に負けていつにも増して巻きが多い。それに苛立ち舌打ちでもしてしまいそうだ、そう思った矢先、付近からそれは聞こえた。それ累のものではなく、人一人分空けて累と同じように鏡を見ていた人物からだった。
思わずそちらをみると、鏡ごしに目が合った。

「なに?」
「いや、別に」

累が素っ気なく返すとチョ〜うざぁいと彼ーーー瀬名は苛立ちをあらわにした。その彼の髪も累より断然短いが、大きくうねりがみられ、同じことに悩んでいることは一目瞭然だった。

「あんた髪切ればぁ?見てらんないんだけど」
「ふざけないでくれる?男の娘として売ってんだから無理に決まっているでしょう」
「その心意気は買うけど見てるだけでイライラするんだよねえ。せめてまとめてくれない?それくらいできるでしょ?」
「それもそうね」
「あんたせっかく綺麗なんだからちゃんとしてよねぇ」
「意外、ちゃんと評価してくれてるのね」
「良いものを貶すようなひん曲がった性格してるつもりないけどぉ?」
「嫌な奴って話しか聞かないから。あんたのユニットでは嫌われ者、そういうこと?」
「リーダーのあいつがあんなんだからねぇ。俺がなんとかするしかないし」

瀬名は大規模なユニットに所属していた。ユニット名は二転三転と変わるために今は何だかわからない。そんなユニットを収めるリーダー、瀬名があいつと称した彼はリーダーという肩書きは持っているがリーダーシップを取るのは上手くないらしい。それを瀬名が変わっているようだ。人数が多い瀬名のユニットは真面目に活動しないものもいる。そういうのを対処するのは彼の仕事。しかし真面目な活動する気がないものに叱咤したとしてもうるさい言葉にしかならない。だから瀬名は嫌われ者となってしまうのだ。どんなに彼が正しかろうと。

「あんたも大変ね」
「そんなことより今はこっちが大変なんだけどぉ」

そう言って瀬名は自分の髪に触れて再び舌打ちをした。モデルとして活動していた瀬名は身だしなみに人一倍気を使う。だからこの髪のうねりがどうしても許せないのだ。

「自分の髪を見て梅雨いりしたのかと思ってしまうのよね」
「まさかこんな話であんたと気があうとはねぇ」
「渉にでもお願いしてまとめてもらうわ。私より彼の得意分野だろうし」
「ああ、最近仲良いらしいじゃん?」

その時だった、化粧室の扉が開いたと思うと、そこから一羽の鳩が飛び出してきた。
それにいち早く反応した累はツカツカと扉へ近づき開いたそれを思い切りしめようとした。しかしそれは半分くらいしまったところでその扉の向こうにいた人物の手で遮られる。

「全く、なんで皆揃いも揃って私の扱いが酷いのでしょう?」
「それも一つの愛なんじゃない?」

扉の向こうでフフフ…と楽しそうに笑いを見せたのは渉だった。この学院で鳩といえば彼しかいないだろう。

「呼んだというのにこの仕打ちというのもひどいですし…泣いちゃいますよ」
「なんかムカつくんだもの」

理不尽な理由で扉を閉められそうになったというのに渉は楽しそうに笑うだけだった。

「まあいいでしょう、面白いものも見れましたしね」

そう言った渉は累を通り越してその後ろに視線をやる。それを疑問に思った累は扉を抑える手をそのままに後ろを確認した。

そして思わず瀬名に同情した。
くるっぽーといい声で鳴く鳩。それはふわりとした瀬名の頭に乗っていた。

瀬名の怒りが爆発するまで、あと少し。



20170712
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