「海に行くぞ」

校門前でバイクに寄りかかりにやりと笑う零に気づかない訳がなかった。無駄にカッコつけているがそれが様になるのが零だ。そんな零を見なかったふりをした累は1秒も視線を向けないでそのまま立ち去ろうとする。
そんなことは零も予想済みである。累と零の攻防は幾度となく行われてきたのだ、零も学習しないわけじゃない。

背後から累に近づいた零は持っていたヘルメットを累におかまいなく被せた。

「きゃあっ、ちょっと何すんのよ!」
「い〜から付き合え」

零は怒る累を無視して俵担ぎで抱き上げる。そしてバイクの上に下ろした。

「ちょっとこっちはスカートなのよ!少しは考えなさい!」
「うるせ〜よ。捕まってね〜と振り落とされるぞ」

さしずめ逃げられる前に連れて行くということだろう。淡々とバイクにエンジンをかけて発車準備をする零。累が降りる暇もなく零がアクセルを踏み、バイクは加速し始めた。
こうなったら降りることは叶わない。累は潔く諦めて運転する零に腕を回した。

「どこ行くのよ」
「海って言っただろ」
「学院の前にあるじゃない」
「あそこじゃ誰かに会うだろ?」
「ていうか季節外れにもほどがあるわ」
「い〜から黙ってろ」

その言葉を皮切りに零はさらにアクセルを押し込んだ。

30分ほど走らせてついたのは学院の前にあるのとは違う海岸。夏も終わり季節外れの海にはちらほらとしか人がいない。零はバイクを止めるとそのまま砂浜へと足を進めた。

「何してんだ、早く来いよ」

振り返って累を呼ぶ零。水平線に沈む太陽を背にいつもの高圧的な笑みではなく、少し力を抜いたように笑った零は、とても絵になった。
いつまでもバイクのそばにいても仕方ないと累も砂浜へと足を向かわせる。
ぼんやりと沈み始める零の隣に立って累も地平線を見つめる。波の音だけが辺りに響く。

「なんの用があって来たわけ?」
「俺様ちゃん人気者だからさ〜たまには静かに過ごしたいわけ」
「なにそれ、私いらないじゃない」
「お前が思ってるより気に入ってんだよ、お前のこと」

零はポンと累の頭に手を置く。累が顔を上げると緩く笑った零と目があった。堂々としていて自分勝手で、わがままで。そんな零は鳴りを潜めて、そこには一人の普通の人間がいた。
いつもと違う零に調子が狂う。それを隠すように累はそっぽを向きながら零の手を払った。

零は砂浜に腰掛ける。汚れる、とは思ったがいつもとどこか違う零を放って置くことができなかった累は、同じように隣に腰かけた。

水平線を望む零が口を開く。切なげなメロディーを流暢な英語で歌いはじめた。累はそれを黙って隣で聞いていた。

「『誰かに必要とされたかった』なんて似合わないわね。あんたを必要とする人なんて腐るほどいるじゃない」
「まあな、人気者のさだめってやつだ」

まっすぐと前を見つめる零の横顔からは、彼の真意は読み取れなかった。
彼を欲しがる人なんてごまんといる。それほど零の魅力は人を惹きつけ、離さない。零を巡って争いが起きてしまうのではないかと思うほどに彼は周りに求められていた。異常なほどのその魅力はもはや彼を人間ではいさせてくれないようだ。
そんな彼の口から誰かに必要とされたいだなんて不釣り合いにもほどがある。

「私はあんたなんていなくても困らないけど」

いつも違う零に対して累はいつも通りの言葉を投げかけた。零のことをいたわるだとか、そう言った気持ちがないわけではない。けれど、いつものことを思い出すと、零に優しい言葉を投げかけるのは腹立たしいし、なんとなく、零と自分の関係はこれでいいような気がした。

累の言葉の後、少し間をおいて零はクツクツと笑い出した。それは次第にいつもの傲慢さを含んだ大きな笑いに変わる。

「やっぱお前好きだわ」
「ちょっ、なにすんのよ!」

いつもの笑顔を見せた零は乱暴に累の頭を撫でた。

「俺様ちゃんのライブを独り占めできたなんて名誉なことだぜ?」
「私にとっては不名誉よ」

むすっとした顔の累を見て、零はまた嬉しそうに笑った。



20171223
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