今日も疲れたと思いながら累は手芸部のソファーに腰を下ろす。それに宗は眉をひそめるが、彼は自分の作業に忙しいらしく、それ以上は触れてこなかった。

「累ねえ今日も来てくれたん?俺嬉しいわあ。今お茶入れるな」
「別にお客様扱いしなくてもいいわよ。来たくて来てるだけだし」
「俺がやりたいだけだから気にせんといて。あ、なずなにいもいる?」

みかの問いになずなは立ち上がってみかの元へ行った。相変わらず無表情ではあるが、身振り手振りで自分のしたいことを伝える。

「もしかして手伝ってくれるん?おおきに、なずなにい」

こくりと頷いたなずなはさっそくとばかりにティーカップへと手を伸ばした。

累はそれを微笑ましく見ていたのだが、ふと机の上にある書類に目がいった。それは外部のライブに出演する申請書で、そのライブは累の見知ったものだった。

「ねえ宗、これ出るの?」
「見ればわかるだろう」
「私も出るからびっくりして」
「なに?累ねえもでるん?」

二人の会話を聞いていたのか、ティーカップを持ったみかが累にそれを差し出しながら言った。

「ええ、先方から誘ってもらって断る理由もなかったから。どうせなら共演でもしてみる?面白いと思うけど」
「えっ累ねえと同じ舞台に立てるん!めっちゃやりたいわあ」
「勝手に話を進めるな」

累とみかはすっかりその気である。それを嗜める宗であるが、その宗の腕が急に誰かに引かれた。

「仁兎…まさか君もやりたいと言うのかね」

手を引いたのはなずなだった。なずなは宗の問いかけにこくりと頷いた。valkyrieが累と共演しないと言う道はここで強制的に途絶えた。大好きなお人形の望みとあれば、叶えないわけにはいかない。

「…仁兎がやりたいと言うのなら仕方がないだろう。ただし半端な真似は許さないからな」

当たり前のことを言わないで欲しいとばかりに累は鼻で笑った。

構成は累と宗で歌い、みかとなずなが踊る。と、言うのもなずなは歌うことを宗が許さないし、そしてみかは累が入ったことにより同じ曲でも新たな調律が必要になることを考えると、今回は外した方が良いと宗は判断したからだ。完璧を目指す点で同じ思考の累はそれで納得している。できればなずなともみかとも歌いたいが、不出来なものを客に見せるのは累のプライドとして許さないから仕方ない。

格式高いvalkyrieのライブはハードなものだった。手足の先まで綺麗に見せながらどこか妖しく飲み込まれるような雰囲気、それを作ると同時に歌とダンス。累にとってはじめての挑戦である。それに加え、

「できるだろう?」

と宗から提示されたダンスがまた難しいもので、苦戦を強いられているようだった。普段ふわふわと可愛らしいものが多いぶん余計苦戦している。それでも累は楽しそうだった。

「もう疲れたのか?」
「私より先にバテたくせに何言ってるのよ」

競い合う仲間がいて、

「累ねえお疲れさん。飲み物持ってきたで」
「助かるわ。なずなもタオルありがとう」

労わりあえる仲間がいる。
それがとても嬉しくて、楽しくて幸せで仕方がなかった。






それから数週間がたって本番当日となる。
いつもの可愛らしい雰囲気ではなく、valkyrieらしい厳かな雰囲気に身を包む累。普段着ていない衣装の雰囲気であるはずだが、きっちりと着こなしている。
結果から言うと、ライブは成功と言えた。宗たちのvalkyrieのファンも累のPinkyRibbonのファンも完璧で息のあったパフォーマンスに満足して劇場を去っていった。



ライブが終わり、楽屋へと戻ってきた累は衣装から私服に着替えてもなお、興奮冷めやらぬように嬉しそうに表情を緩ませていた。ソロユニットの累にとって気の合う友人と同じ舞台に立てることの楽しさを感じたのは初めてだった。そして宗と用意したシナリオを演じ切った達成感も合わさって気分が高揚して仕方なかった。

そんな累の楽屋の扉がコンコンとノックされる。どうぞと一言声をかけると開いた扉から入ってきたのは今回のライブイベントの主催であった。

「いやあ、累ちゃん今日も素晴らしかったよ!」

名前をちゃん付けで呼ばれたことに不快感を感じたが、今後世話になる可能性もある主催に無礼を働くわけにはいかない。累は笑顔を取り繕って、ありがとうございますと返した。

「ほんとによかった!ライブにはよく行くんだけどさあ!自分が主催するのに出てくれるなんて夢みたいだよ!」
「は、はあ…」

勢いよく話しかけてくる主催に累は内心で舌打ちをかました。こういうしつこいタイプは累が大嫌いな部類に入る。その中でも特に自分を女の子扱いしてくるような人は大嫌いではすまない。

しかし主催であるからして蔑ろにはできない。ニコニコと笑みを貼り付けて相槌を返しているが、一向に終わることのない話にうんざりしていたところだった。男同士であるとはいえそろそろセクハラといっても過言ではない気がする。

そのときである。
ノックが聞こえて返事をする前に開いた扉。

「なかなか出てこないと思えば…」

そこから顔をのぞかせた宗は心底蔑んだ目で室内を見た。その視線の先は言わずもがな、である。
扉からは心配そうなみかとなずなが覗いていた。

「ああ、ごめんなさい。すいません、友人を待たせているので本日はこれくらいで失礼します。また誘っていただければ光栄です」
「いやいや、このあとご飯でも行かない?」
「このあと学校に戻らなければいけないので…」

せっかく話を切りあげられると思ったのにまだしつこい主催。適当に理由をつけて断るが、ちょっとだけ!としつこく詰め寄る。

「ねえ、行こうよ!だいたいさあ、今回のライブもせっかくかわいい累ちゃんが見られると思ったのにあんなよくわからないライブでさあ…。だから!次はかわいい子だけ集めたライブやるからさ!その打ち合わせってことで!」

主催のこの言葉についに累の堪忍袋の尾が切れた。累の顔から今までギリギリで浮かべていた笑顔がさっと消える。

「はあ、いい加減にしてくれる?宗の魅力がわからないなんてあんたの目は腐ってるのね」

冷たい視線が主催に刺さる。さっきとはあまりにも変わり果てた累の態度に主催は呆然としてしまった。舞台上の可愛らしい広瀬累を好んでいた主催にとって夢を壊されたも同然。
すぐに気を取り直した主催は逆ギレのように、

「そんな口の聞き方をして学校に報告してもいいのか?!」

脅しにも似た言葉を主催は吐いた。しかし累はそれに臆することなく、悠々とした態度で腕を組み、

「今、学院の頂点にいる帝王を引きずろそうってこと?無理に決まっているでしょう?」

威圧的な笑みを浮かべて言い放った。

その笑みに主催の背筋は凍りついた。その瞳に映る軽蔑と怒りは主催を黙らせるのに充分だった。
自分のことを言われるのは構わなかった。しかしvalkyrieを貶したことは累にとって許されないことだったのだ。

「失礼するわ」

累は凍りつく主催を横目にも入れず。真っ直ぐと出口に向かった。

「はあ…実にくだらないことに巻き込まれた」
「でも来てくれて助かったわ、ありがとう」
「お前のためではない、仁兎のためだからな」
「はいはい」

宗と軽口を叩きあいなから部屋を出る。それからバタンと冷たく扉が閉まった。





「お師さんも累ねえも上機嫌やね」

帰り道にみかが二人に声をかける。隣にいたなずなも同意するように頷いた。
かく言うみかとなずなだって笑顔を浮かべて上機嫌なのが見てとれる。

「…貴様とのライブも悪くなかったからな」
「素直に楽しかったって言いなさいよ。まあでも本当によかった。いつも一人だから誰かと何かをするって新鮮だったし楽しかったわ。私もユニット組みたくなったもの」
「えっ累ねえユニット組むん!?」

みかは累の口から出た言葉に驚いた。
しかし累はすぐに否定の言葉を返す。一人で自由に活動するスタイルが自分には合っていると思うからだ。
それに、

「一人だけど一人じゃないもの。宗だってみかだってなずなだっているし、それにあの四人もいるしね」
「珍しく零を勘定にいれるんだな」
「………本当に楽しかったわ今日は」

累は宗の発言を否定することはなく、誤魔化すように足を早めただけだった。



20171002
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