わあああと言う声がしたと思うと累は後ろに引っ張られた。急に引っ張られてしまったため、累の足元は耐えることができず、後ろに倒れてしまう。しかし後ろにはちょうど人がいたようで倒れてきた累を受けとめ、累は転ぶことなくすんだ。

「大丈夫かい?」

累を抱きとめた彼−−−英智はさらりと髪を揺らしながら爽やかに微笑んで累に声をかけた。
英智の顔を見た瞬間累は少しだけ眉を寄せた。なぜならば累は英智にあまりいい印象を持っていなかったからだ。英智とは前に一度、中庭の花壇で会ったことがある。その一度だけで決めつけてしまうのもいけないとは分かっているのだが、あの一件がなぜか累の中に残っていて、彼に不快感を抱かせてしまっていた。
それでも助けてもらった身だ、

「ええ、大丈夫よ。助かったわ」

累はそう言って一刻も早く英智から離れようとした。
しかし一歩踏み出したところで後ろにぴんと髪を引かれる感覚がする。嫌な予感がして可能な限り顔を向けてみると、累の髪と英智のボタンが絡まってしまっているのが見えた。

「ああっすみませんっ!目の前にいたからつい掴んでしまって!と、いうか髪引っかかってしまったみたいですね…ほんとに僕のせいで申し訳ないです…」

そう言って勢いよく謝って来たのは青いもじゃもじゃ−−−つむぎだった。
累のことを引っ張ったのはつむぎだった。たまたま転んだタイミングで累とすれ違って、空を掴むはずだったつむぎの手は累を捉えてしまったのだ。

「かなり絡まっているみたいだ、簡単にはほどけない」
「僕、はさみ持ってますよ。これでも手芸部員の端くれですからね」
「あんた手芸部なの?見たことないけど」
「一応手芸部ですよ。最近は居場所がない気がして顔すら出していませんけど」

Valkyrieの溜まり場になってしまっているためにつむぎは部室に顔を出すことをしていなかった。だから累が彼が手芸部に所属していることを知らなくても仕方ない。
が、蛇足であるが実のところ、累は彼の存在自体を認識していなかった。つむぎとは一度接触したことがあるはずなのだが、そのときつむぎは全く名乗らなかったし、累の興味に触れなかったことで累の記憶からすっぽり消えていたりする。

「えっと…確かここに。ありました」
「ああ、借りてもいいかい?」
「もちろんです」

つむぎがポケットから取り出した簡易の裁縫セット。その中からはさみを取り出して、英智に渡した。

英智はつむぎからはさみを受け取ると、累が口を挟む間も無く−−−−−累の髪を切った。

シャキッとはさみが通った音とともに三人の間に落ちる沈黙。
その中で英智はその沈黙の意味を理解していないようで、

「どうかしたのかい?」

と、純粋無垢な瞳で尋ねた。

「えええええいちくん!何をしているんですかあ!」
「何か間違ったことをしてしまったかな?」
「なんで髪を切ったんですかあ!髪は女の子の命とも言うんですよ!」

そう、髪は女の命だ。厳密にいうと累は女ではなにいのだが、それでも女の子の格好をしているからには髪にも気を使っていた。それをなんのためらいもなく英智は切ってしまったのだ。
切った本人と切られた本人よりも騒ぐつむぎ。
それに累は苛ついたが、ここで話を大きくするのも面倒だと思ってなんとか自分の中に怒りを収めた。

「はあ…いいわよ、切っちゃったものは仕方ないし」

幸い目立つほどの量ではない。伸びるのを待てばいい話だ。

「なんだか悪いことをしてしまったね」

そう言って謝る英智のアイスブルーの瞳と目が合う。目は口ほどに物を言う、と言うが本当にそうだと累は思った。この男は謝ってはいるものの、自分のしたことは間違いではないと思っている。

「わかったなら次からは気をつけることね」

累はどうしてもこの男が好きになれそうにないと思いながらその場を後にするのだった。



20170516
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