しばらくなずなの後を追って歩いていた累でしたが、ふと気になって後ろを振り向きました。すると予想通り、そこにはもう道も、まだ遠くに見えるはずであろうパーティー会場も見当たりませんでした。

そして前を向くと、なんとなずなの姿までなくなっていました。見えるのはずうっと奥まで続く道だけです。

仕方がないので累は一人で進むことにしました。

純粋にこの世界を楽しんでいた累は帰りたいと思っていませんでした。しかし彼がいるならまた別です。現実で会うのも嫌なのに、夢でも会うなんてまっぴらごめんです。

しばらく歩いていると目の前が開けました。

そこにはおどろおどろしい雰囲気の大きなお城か立っていました。空は暗い赤色で厚い雲に覆われています。大きなお城は太陽の光かないために暗く、不気味でした。ところどころにはハートの形の装飾が見られます。誰かに聞かなくてもわかります。
ここはきっと…いや絶対、ハートのお城です。

やばいと思い引き返そうにも案の定振り返ると道は消えていました。
そして大きな門がギギギと不気味な音を出しながら、まるで累を誘い込むように開きました。
進むしかないようです。

この際零のことを一発ぐらい殴ってから帰ろうと累は意気込みながら門をくぐりました。それからお城の大きな扉を押して開けます。
中は真っ暗で何も見えません。ただ、奥の方の扉が薄く開いていて、薄明かりが漏れています。

累はそうっと近寄って中を覗き見ました。
しかし漏れていたのは蝋燭の明かりで、たったそれだけの明かりでは部屋の中をはっきりと見ることができませんでした。
もっとはっきり見ようともう少しだけ累は扉に近づきました。

その瞬間、後ろでクツクツ笑う声がしたと思うと扉が開き、思い切り背を押されて累は部屋の中に転びこみました。
危機感を感じた累はすぐさま起き上がろうとしますが、それは叶わず、何者かにのしかかられてしまいました。両手は頭上にまとめあげられ、足はその人物の重みで動かせません。

こんなことするやつなんて一人に決まっていました。

「随分と待たせてくれたじゃね〜か、アリス」
「待たせていたつもりはないわよ、どいて」
「王に向かって口の聞き方がなってね〜んじゃねえか?」

ニヒルに笑うのはやはり零でした。
累は思い切り睨みつけてやりますが、効果はありません。

「ほんと気持ち悪いからいますぐ離して」
「やっと捕まえたってえのに離すわけねえだろ。そんなことより、」

零はぺろりと舌なめずりをしました。

「俺は腹が減ったんだ、今すぐ食わせろ」
「はあ?何言って、」
「言っただろ、俺は吸血鬼だって」

零は累の服の襟元を引っ張り首元をはだけさせる。
累は危機感を感じて身を捩りますがなかなか抜け出すことができません。

「や、やめ…!」

累が悲鳴にも似た声を上げた時でした。

ざっばーーーんといい音がしたと思うと、零の頭上から水が降って来ました。
ぽたりぽたりと零の髪から雫が落ちます。累はその零越しに白い大きなうさぎの耳を見ました。

「かなたあ、よくもやってくれたなあ…!」

ゆっくりと顔をあげた零は口はしをひくひくとさせて怒りを抑えきれていませんでした。しかし奏汰はそんな零を恐れることもなく、

「みんなで みずあび、たのしいですねえ」

そう言って空のバケツ片手にニコニコと笑っています。

「どっから入って来やがった」
「おうさまにつかえている しろうさぎ なのですから でいりできておかしくないでしょう?」

零はもはや掴みかかる勢いで奏汰に詰め寄っていますが、奏汰は微塵にも気にした様子はありません。

零の気が奏汰に削がれた今、累が逃げ出すチャンスでした。
累は立ち上がり、部屋の出口へと一直線に駆けました。

「チッ、待ちやがれアリス!」
「おにごっこですか〜?ぼくもまぜてください〜」

累が逃げ出したことで零の気が累の方に戻ってきました。ついでに奏汰も追いかけてきます。

とりあえず城の外に出ようと部屋から出ることに成功した累は、城の扉を目指しました。
しかしなんてことでしょう、累は城の扉から部屋の扉までほとんど歩かなかったはずなのに、部屋から出るとそこは長い長い廊下になっていました。驚いて足を止めかけた累でしたが、後ろに迫り来る二人に気がついてその廊下をまっすぐ進みました。しかし行けども行けどもどこにもたどり着く様子がありません。まるで無限に続いてるようで、めまいがしてきました。

その時です。耳元で、

「こっちだヨ」

そう聞こえてすぐ、廊下の終わりがようやく見え、扉が一つ出てきました。どこにたどり着くかわからない、それでもそこ以外行けるところはありません。累は腹をくくってその扉に手をかけると、思い切り開いてその先へと進みました。



20180721
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