そこは大きな広間になっていて、扉が一つだけありました。
最初は何が起こったのか混乱していた累でしたが、悩んでいても仕方がないとその扉に手をかけ、外へと出ます。

すると森に出ました。
累はここはどこだろうと辺りを見回します。誰もいないようです。それからぐるりと見回した後に出てきた扉を見ると、なんとそこには何もなくなっていました。そもそも扉があるような家もなく、ただ、森が広がっているだけだったのです。

「不思議だわ…」
「そりゃあ、不思議の国、だからネ」

誰もいないはずの森に累以外の声が響きました。
驚いてキョロキョロと周りを確認しますが、周りには誰もいません。
しかし確かに声は聞こえました。しかもそれは、累のよく聞いたことのある声でした。

「ねえ、いるんでしょ、夏目」

累はその声の主であろう彼の名前を呼びました。

「夏目?おやおや誰のことだイ?」

累の後ろからその声は聞こえてきました。
くるりと後ろを振り返った累はとても驚いてしまいます。

確かにそこには寝転んで肘をついた手の上に顔を乗せてこちらを見る夏目がいました。
しかし彼は宙に浮いていたのです。それから濃いピンクと紫の耳と尻尾がついていました。

これはきっと夢だ。
累はそう思うことにしました。そうでなければ今までのことは理由がつけられません。

「驚いているようだネ、アリス」
「アリス?私がアリスなの?」
「だってその格好、どう見てもアリスだロ?」

夏目に言われて累は自分の格好を見て見ます。するとどういうことでしょう。先ほどまで夢ノ咲の制服を着ていたはずだったのですが、水色のエプロンワンピースになっていました。気づくと二つに結っていた髪も解け、黒いリボンをつけています。

「ほんとね、私がアリスだわ」
「本当にそうかイ?」
「本当は違うけど今はアリスよ。夏目だってそうじゃない」
「残念僕は夏目、なんてやつじゃないよ」
「あら、失礼チシャ猫さん」
「そう、僕の名前はチシャ猫だヨ」

そういって夏目はくるりとその場で回って見せました。それから消えた、と思ったら累の耳元で夏目の声がしました。

「でも僕は夏目でもあル」
「びっくりするわね」
「おっと、失礼」

クスクス笑いながら夏目は宙を漂います。

「僕はチシャ猫であってチシャ猫じゃなイ。夏目であって夏目じゃなイ。さて僕は何者でしょウ?」

言っている意味がわからない累は眉間にしわを寄せてしまいます。
それを見て夏目はにやりと笑いました。

「本当の名前を忘れてはいけないよ」

夏目は普段の不思議な話し方をやめてそう告げました。それから煙のようにいなくなってしまいました。
そして、

「迷子ならこの道をまっすぐ言ってごらン。彼らが待っているヨ」

その声だけが森にこだましました。

累がふっと視線を左に向けると、そこには先ほどまでなかった道ができています。

これ以外に道はないようなので、累はこの道を進むことにしました。

しばらく道を進んで行くと、開けたところに出ました。そこには大きな長机が一つとその上には様々な種類のクロワッサンが並べられていました。


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