演劇部の扉を開けた友也は目の前に見えたものにピタリと足を止めた。目の前に現れたのは女神だった。ハーフアップにした濃いピンクの髪には装飾の花が散らされ、広がる純白のワンピースとその上に羽織られたストールはまるで羽のように見えた。女神は扉が開いたことにより視線を智也の方に向けた。パチリと目が合う。そのあまりの美しさに友也はぼーっと見惚れた。しかしその幻想はすぐに砕かれることになる。

「…あまりジロジロ見ないでちょうだい」

綺麗な顔を不機嫌そうに歪めながら女神はそう発したのだ。それもそのはず、その女神の正体は累で、彼は執拗な友也の視線に嫌悪感を感じてしまった。友人であれば自信満々にその出来を見せつけるのだろうが、知らない人間にカテゴライズされた友也は累にとって興味の対象外。ファンでもない人間、ましてや過去幾度となく邪な目で見てきた"学院の人間"、それに当てはまる友也に与える慈悲など微塵もなかった。
それでも一応、なずなのユニットである上に一年生であることは累も理解していた。だからこれでもまだ優しい受け答えだったりする。

「あ、す、すみません!」

累の言葉にようやく幻想の世界から抜け出した友也は慌てて誤って部室の扉を閉めるために累に背を向けた。
友也がこうして女神に騙されるのは2度目だ。1度目というのはあの変態部長と名される渉である。まさにあれと同じようなことが今回も起きた。この学院に女などいないことはわかっていたが、脳が女だと認識されるほど彼らは美しかった。本当にこの学院の人たちはおかしいと、友也は頭を抱えたくなった。

「で、なんのようなの?あんたなずなのところの子よね?」

背を向けた友也に累は問いかけた。覚えている、とは言ったものの、以前会ったときと変わらず名前は覚えていないようだった。興味がないことは覚えない性格は健在だ。
累に声をかけられた友也は急いで反転して再度累に向き直る。

「えっと、俺、これでも演劇部に所属してまして…広瀬先輩はどうしてこちらに?」
「渉に呼ばれたの。次の舞台に出て欲しいって。当の渉は何故かどこかに行ったけど」

それはとても急だった。まだDDDが終わって1週間も経たぬうちに渉は累の元を訪ね、そして舞台出演の交渉をしてきた。ようやく復帰してこれからライブをたくさんしようと意気込んでいたところに迷惑な話であると、文句を言いつつもどこか嬉しそうに二つ返事で応えた。
それが昨日のことで、衣装合わせをしようと呼び出されたのが今日。そして今に至る。

先ほどまでは渉もその場にいたのだが、友也が来るちょっと前、急にちょっと待っていてくれと外へ出て行ってしまった。普通だったら怒るところであるが、渉の奇行には慣れている累は怒りより呆れが強く、大人しくそのまま待機していたところだった。

「また迷惑をかけてあいつは…!」
「いいわよ慣れてるし。あんたも苦労してそうね」

累は可哀想なものを見るような目で友也を見た。

「おやあ、慣れてしまって刺激が足りない…?そんな貴方にはこちらを!」

急に響き渡った声に累と友也がその位置を特定するより早く、友也の背が何者かに押された。友也はいきなりなことになす術もなく、勢いのまま前に進む。するとだ、その直線状にいた累に向かうことになり、けれども戻ることも叶わず、ついにぼふりと累の胸にダイブした。
さらりとした生地の衣装の下には柔らかさを感じるそれ……ではなく、れっきとした男の胸板が感じられて、友也は落胆した。男だとはっきりと言われてしまい、先ほどの自分の感情を返して欲しいと嘆きたくなった。

しかしそう思ったのも数秒、今自分がどんな状態でその相手が誰だかと言うのを思い出して、慌てて友也は累から離れた。

「す、すみません…!」
「はあ…一体どう言うこと、渉?」

累はため息をつきながら友也のいた方を見る。そこにはやはりと言っていいように渉がいた。 

「とっても懐かしいですねえ、私のことはもう女神と呼んでくれないのですか、友也くん!」

泣いたフリをする渉に、累はなんとなく事態が読めてきた。
渉は友也のことを揶揄うためにその場から姿を消したのだ。まだ幼い友也の純情を弄ぶために、友也が累に会って、自分の時と同じように累に対して女神と呼ぶことを期待して影からこっそり覗いていたのだろう。

再度累は友也に哀れみの目を向ける。渉の相手というのは馴染みの累にとっても大変なものである。それなのにこんな平々凡々と言える友也に相手ができるのだろうか。
しかしここで累は友也という名前に聞き覚えがあることに気がついた。

「友也、ああ、北斗からこないだ聞いたわ。あんたが友也なのね」
「ほほほくとせんぱいから!?北斗先輩は俺についてなんて言ってました!?」

先日北斗に会ったときに演劇部に新しい部員がたくさん入って辞めたと聞いた。10割渉の奇行に嫌気がさして辞めたのだろうと想像できたが、その中で一人生き残った奴がいると聞いて、たいしたものだと思ったことを思い出したのだ。それが目の前の平々凡々な少年、友也のことであるとここでようやく結びついた。

「助かってると言ってたわ。とてもいい子だと」
「ほんとですか!?くぅ〜…!北斗先輩のお力になれてるなら何よりですう〜!」
「友也く〜ん?私のことは無視ですか〜?」

どうやら友也は渉なんかより北斗を盲信しているようだと累は気がついた。華麗に渉を無視して見せる様子は、まだ学院に入って数ヶ月しか経っていないのにだいぶ渉の奇行に慣れてきているようにみえた。

「あんた思ったより根性ありそうね」
「まあ、あんな変態に負けてられませんから…」
「友也くんのことを気に入ってくれたなら重鎮です!実は累に友也くんのことを鍛えてもらおうと思いまして」
「私に?」
「ええ、累は普段から女性を演じているようなものでしょう?とても勉強になると思うんです」

確かに元々男らしい方ではなかったが、今はわざと言葉遣いを女らしくしたり、仕草などは全て女性に寄せている。女性を演じていると言われれば言い得て妙である。

「何度も言うけど俺は女役なんてやりたくないからな!」
「おやあ、わがままはいけませんよ友也くん。それと累は普段は女性的ですが、男性的な演技もできますよ」

友也は渉の言葉に思わず累を凝視してしまった。普通の女の子よりよっぽど女性らしい累の男性的な演技など想像することができない。

「ふふ、驚いてますね?ですがこう見えて累も荒っぽい一面があるんですよ。割と暴力的ですからねっ!?!」

最後まで言い切る言い切らないか、そこで渉の言葉は勢いよく途切れた。理由は単純で、累の蹴りが炸裂したからだ。その蹴りを避けることも叶わず直接くらった渉は蹴られた腹を押さえながらその場に倒れ込む。しかしその顔は決して痛みを映さず、貼り付けたような笑みをたたえていた。

「いきなりなんですか?」
「なんだか腹が立ったからよ。いい実演になったじゃない」
「ドレスで蹴り飛ばすなんてスカートがめくれて破廉恥だと思いません?」
「もう一度蹴られたいのかしら?」
「キャーー友也くん助けて下さあい!」
「ギャーーー来るなあ!!」

部室の床をゴロゴロと転がりながら渉は友也の方へ逃げていく。すると今度は友也がそれから逃げるように累の側に回ってきた。

「それだけ動けるってことはさっきの蹴りは当たってないわね?」
「だって当たったら痛いじゃないですか」
「どうりで当たった感触がなかったわけだわ」

渉はあっさりと立ち上がって見せた。さっきの笑顔は演技ではなんでもなく、逆に痛がって見せた方が演技だったのである。さすがは演劇部の部長と言ったところだろう。

「話を戻しますが、友也くんのご指導をお願いしても?」
「やる気があるならいいわよ」
「とのことですが?」
「変態仮面に教えてもらうくらいなら広瀬先輩に教えてもらいたいです!お願いします!」
「では決定ですね!」

渉は笑顔を浮かべるとぶわりと薔薇と鳩をその場にばらまいた。そのせいで視界が赤と白に包まれる。それがちょうどおさまる頃に、友也の頭にふわりと何かが乗った。それを手で取ってみると、そこには友也の髪色と同じ色をしたロングのウィッグがあった。

「累に習うのであれば貴方もそれに習って女性らしくするのが筋でしょう?」
「はあ!?それとこれとは違うだろ!?」

友也はウィッグを握り締めながら渉に噛み付く。

「そうね、友也がしたいならいいけど」
「絶対嫌です」
「なら別に強要しないわよ。学べるのは女らしい演技だけじゃないはずだし」
「そうですねえ。とりあえずまずはライブを見せてあげてほしいのですがよろしいですか?」

渉が累に問いかけると累はため息をつきながらそれに頷いた。

「先輩のライブですか?」
「ええ、見たことあるかしら?」
「舞台はありますけどライブはないですね」
「そう、じゃあ妥当ね」
「ええ、累のライブなら演じること、それで客の要望にどう答えていくかについてをよおく学べると思いますよ!」

渉のその言葉からは渉なりに考えて累に友也の指導を頼んだろうことがわかるだろう。
累のライブはまさに女の子のアイドルのライブ。ステージを降りている今ですら十分女らしい言動をしているが、それにさらに女の子らしさを加えてツンデレのツンの部分を引いて…それがファンに向けたステージの上での累なのである。ファンの求めるアイドルの広瀬累を作り上げることは女らしい演技とは別にも演劇に通ずるものがあるだろう。

「そうね、しばらく付き人でもやってもらおうかしら。Rabbitsの仕事はあるの?」
「特にありませんけど…」
「そう、なら明日から授業が終わったら3Aの教室まで来なさい。ついでにレッスンもつけてあげるわ」
「え」

ニヒルに笑う累に友也は口元をひくつかせて苦笑いする。有無を言わさぬ物言いから、これから累に振り回されていくような気がして友也は絶望するしかなかった。類は友を呼ぶ、その言葉が友也の頭をよぎった。
友也は思わずお前も変態仮面と同じかよ!と嘆きたくなったが、口にしたら最後、ひどい仕返しが来るような気がしてごくりと飲み込んだ。


20191205
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