慣れたように手芸部の部室の扉を開けた累は当然のように部室へと入った。

「んあ、累ねえ、いらっしゃい」

中にいたみかはそれを当然のように受け入れる。
それからせっせと働いて累の座るソファーまでお茶を入れるのがいつも通りである。

「あ、ごめんなあ。お師さん今日集中しとってお話しできんと思うわ」

累の前にティーカップを置いたみかは苦笑いしながらそう告げる。
確かにみかの言っていた通りで、今日の宗は累が部屋に入ってくるなり苦言を呈することなく、むしろ累が入ってきているのも気づかないようで、部屋の奥でミシンをひたすらに動かしていた。

「いいわ、特に急ぎの用事があったわけでもないし。ああなった宗は気がすむまで使い物にならないしね」

知ったものだと言うように累は対して気にしているようではなかった。それに安心したみかはちらりと時計を見る。

「んああ!そろそろ行かないと校内アルバイトに遅刻してまう!」

慌てたように準備をしだすみか。累はそれを横目で追いながらみかに入れてもらった紅茶を飲む。最後にお師さんをよろしくと累に告げたみかは足早に部屋を出ていった。

みかがいなくなったことでしんと静まりかえる室内。宗はその変化にも気付かずに集中して布と戯れている。
騒がしい学院にしては珍しく物静かなこの場所が、累は気に入っていた。
スクールカバンから読みかけの本を取り出すと、静かな時を堪能するのだった。




人の気配がして累は目を覚ました。どうやら本を読んでいるうちに寝入ってしまったようだ。寝起きでぼうっとする頭を抱えながら、目を数回瞬かせる。そうしてようやく定まった視界に累の眉間に皺が寄った。
それに対して文句を言おうと口を開こうとしたその前に、

「動くな!!!」

そう、強く言われて累は思わず動きを止めた。

「…ねえ、何をしているの?」
「ああ、動くなと言っただろう!うまく撮れないのだよ!」

なぜか目の前でスマートホンを掲げる宗は、プルプルと腕を震わせながら、苦言を呈した。
何をやっているのかと累が首をかしげると、頭部に違和感を感じた。少し重みの感じるそれは、バレッタのようなものだろうと想像できた。

おそらく、それをカメラに収めようとしているのではないか、と累は推測した。

宗はスマホの扱いが得意とは言えない。というか、使わないというのが正しいだろう。何かを伝えたければ直接伝えればいいと思っているし、それに余計な情報を取り入れる必要もないと考える宗にとって携帯は不要な物である。
それから………批判的な意見に激怒してパソコンを斧で破壊しようとしたのも一つの要因として避けるようになった。
そんな宗にとってスマホのカメラを使うことは苦労することなのである。

苛立ちを顔にありありと写しながら、震える腕でスマホを持つ宗はとても滑稽である。
そんな情景に累は耐えられず、動くなと言われたのにもかかわらず、肩を揺らして笑い始めてしまった。

「ノン!!!動くなと言っているだろう!」
「ふふ、嫌よ、埒があかないわ。それに、ふふふっ、私が耐えられない」

累が笑うことにより、宗の眉間の皺は余計にひどくなった。

「もう、やり方教えるから!だから勘弁してちょうだい」
「チッ、早く教えるのだよ」

いつもなら宗の態度のでかさにイラついていたかも知れないが、今の累は面白くて仕方がないらしい。小さく笑い声をあげながら、宗からスマホを受け取った。
ちらりとカメラフォルダをのぞいて見ると、ブレたりだとかピントが合っていないものばかりだった。

「急に写真なんてどうしたのよ?」
「ちょうど完成したばかりのものがあってね。いい被写体がいたから使ったまでだ」
「起きてる時に言ってくれたらいくらでも付き合うのに」

まだ口元は緩みながらもようやく落ち着いてきた累はカメラフォルダからカメラへと画面を切り替える。

「まずね、撮るにしても近すぎなのよ。だからピントが合わないの。ブレるのは力を入れすぎなんじゃない?別に逃げないんだからゆっくり撮ればいいのよ」

一つ一つ悪いところを指摘していく累は、お手本にと目の前に置かれたティーカップを撮る。
ほらね、と宗に見せた画面には、ピントも間違いなく合っていて、ブレもないそれの写真が写されていた。

「フンッ、わかったのだよ」
「はい、次はちゃんとしてよね」

宗にスマホを手渡した累は、大人しく被写体となる。
しかし、だ。
やはりまだ力が入って腕は震えているし、なんといっても集中しているその顔が、あまりにも難しそうな顔をしているものだから、累はまた肩を震わせてしまう。

「おい、動くなと言っているだろう」
「む、無理よ!これで笑うなって言う方がおかしいわ!」

ついには声を出して笑い出してしまう累に、宗は今日一番の大きな声で口癖を叫んだ。



20190615
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -