「失礼、広瀬累さんでお間違いありませんか?」

街中で突如声をかけられて、累は足を止めた。声をかけた主は、人当たりの良い笑みを浮かべて累のことを見ている。自分のファンかと一瞬思った累だったが、着用している制服を見てすぐに違うとわかった。
秀越学園。夢ノ咲でアイドルをしている人間なら誰でも知っているだろう。夢ノ咲と同じくアイドル育成高校。それが彼の制服の学校だ。
累がよくよく彼を見ると、見たことのある顔だと思った。それは実際に会ったとかではなく、例えばテレビだとか、広告だとか、そういったものを通して見たことがあるだけだ。彼がメディアでも広く活躍するアイドルであることは思い出した累だったが、名前は覚えていない。相変わらずの累の悪い癖だ。だが、名前は覚えていないにしろ、その存在が累の記憶に残っているということは、それぐらい有名なアイドルであることがわかる。
以上のことを踏まえると、彼の人当たりのいい笑みも、とたんに胡散臭いものに思えてくる。
その警戒心は顔にも現れていたようで、

「これは失敬、先に名乗るべきでしたね!私は秀越学園の七種茨と申します。以後お見知り置きを」

と、丁寧な自己紹介が返ってきた。

「以前ライブを拝見させていただきましたが、素晴らしかったです!一瞬にして会場の視線を虜にしている様子は圧巻でした。かく言う私も虜にされてしまった一人でありまして。今でも思い出すと胸が高ぶってしまいますよ」

彼の累を褒める言葉はこの後も続くのだが、大げさなほどに褒めるそれにうんざりしてきた累は右から左へと聞き流していた。
確かに褒められることは嬉しいが、そんなの当たり前であると思うような自信家である累は悪い気はしないもののだからといっていい気持ちにもならなかった。
何より、彼が胡散臭く感じている今、その言葉を好意的に捉えるのは難しかったのだ。

「それで?用件はなんなの?」

しびれを切らした累は彼の言葉が切れた瞬間に遮るようにしてそう言った。
彼の目的は累を褒めること、ではないはずだ。

「これは失敬、」

彼は軽く謝った後、ようやく本題に入った。

「実はですね、閣下があなたにお会いしたいとおっしゃっておりまして。お見かけしたあなたのライブに興味をもったようで、ぜひお話を伺いたいと」

はて、閣下とは誰だろう。閣下と呼ばれるほどだから何かカリスマ性があるような人なのだろうか。そういえば彼とユニットを組んでいる男はそんな感じだったかもしれない。
少しだけそんなことを考えたが、累はもちろんその人物をしっかり覚えているわけでもないので、どうでもいいというのが正直な感想だった。

「その閣下、というのが誰か知らないけれど、自分で会いに来もしないやつに会いたくなんてないわ」

彼の話にうんざりしていた累は、きっぱりと告げると、彼に引き止められる前にさっさとその場を去ったのだった。




「見つけた」

累はその声に足を止めた。なんだかデジャヴを感じるが、その声の主は前回とは違う人物である。

「七種に続いてあんたも?」

その声に彼−−−凪砂はきょとんとしたような顔をした。
累は以前街中で出会った男−−−茨に会ったあの後、気になってインターネットで彼について調べていたのだ。それと同時に見つけたのが同ユニットの乱凪砂。だから今回は前回のように悩むことなくすぐに彼だとわかった。

「茨?知ってるの?」
「知ってるも何もこの間会いに来たけど」
「そうなの?私が気になるっていったからかな」
「そうなんじゃないかしら」

累は彼と話していてとても違和感を感じた。ネットで調べていた彼と目の前の彼で相違があったからだ。アイドルの彼はもっと威圧的であったはずだ。

「私は君に興味があって。夢ノ咲にいた時も気になっていたけど、結局話しかけずに終わっちゃったから」
「…夢ノ咲に、いた?」
「日和くんとか、英智くんとかと一緒のユニット」

英智の名前に累は大きく反応した。聞きたくない名だった。
しかし、英智と一緒というと、彼は累たちを倒したあのfineに所属していたことになる。よくよく見れば確かにそうだったかもしれないと累は思った。
過去夢ノ咲にいたころの凪砂はfineに所属しており、累もライブを何度かみたことがあるはずなのだが…累には英智しか見えていなかったのであまり覚えていなかったりする。
それだからか、不思議と凪砂に対してひどい嫌悪感は感じなかった。

「夢ノ咲にいたアイドルの中でも、しっかりとキャラクターを作り上げていた累くんとお話ししてみたかったんだ」

その言葉に累は、凪砂も自分と同じようにアイドルとしてのキャラクターを作っていることを確信した。

「悪くない提案ね」

少しだけ凪砂に興味がでた累は彼の言葉をないがしろにすることなく、聞き入れる。

「それならここから私の学校が近いし、そこで少しお話ししよう。ああ、その前に茨に連絡した方がいいかな。携帯、は持って来ていない…直接行ってもたぶん大丈夫」
「そう、じゃあそうしましょう」

話がまとまった瞬間だった。

「ああ、閣下!探しましたよ!」

ぬるりと茨が二人の間に姿を現した。

「おや、これは広瀬嬢、お世話になっております!」

さも、今気づきましたとばかりに茨は累に挨拶したが、どこか白々しい。
まるで、初めから聞いていたかのようにタイミングを計って出てきたようだ。いや、おそらくそうなのだ。累が断ろうがなんだろうが、彼は累を秀越へと連れて行く気だったに違いない。その証拠に、

「ちょうどそこに車を待たせているんです。広瀬嬢もご一緒にどうぞお乗りください」

と、にこやかに告げた。

「あんた、本当に食えないやつね」
「ささっ、行きましょう」

嫌味として吐き出された累の言葉は彼に全く効かないようだ。平然とした顔で茨は累を車へと誘導する。
正直言って行きたくないと思った。
しかしだ、

「累くんと話すの、楽しみにしていたんだ」

凪砂にうきうきとした様子で微笑まれてしまい、その、どうしてか放って置けない彼の雰囲気に、累は茨をひと睨みして、車へと向かった。



20190114
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