零は息を切らしながら勢いよく秘密の部屋の扉を開けた。するとその音にびくりと肩を揺らした累がこちらを見る。その顔からは普段の堂々とした雰囲気が消え、どこか不安げに瞳を揺らしていた。
「遅かったね、零兄さん」
部屋の主の夏目がそう告げる。
それを無視して零はつかつかと累に歩み寄った。
勢いよく肩を掴み距離を近づけるとその力強さに驚いた累がきゃっと可愛らしい悲鳴をあげる。
そして不安げな表情で零を見上げた。
そんな零の頭にガツンとした衝撃。その痛みに思わず零はその場にしゃがみ込んだ。
「そんならんぼうにしてはめっですよ〜今のるいは『きおくそうしつ』なんですからやさしくしてあげないと〜」
その声に零が顔を上げるとニコニコと笑った奏汰が右手を手刀の形で構えていた。奏汰のチョップは本当に痛い。
「だ、大丈夫なの?」
ジンジンとした痛みに文句でも言ってやろうと思った零だったが、頭上から聞こえた累の自分を心配する声にそんなことはどこかへ飛んで行ってしまった。
どうやらたしかに累は記憶喪失のようなのだ。
そうでなければあんなに零を嫌っている累がこんな心配そうな瞳で見ない。いつもなら自業自得とひと蹴りすることだろう。
「チッ、気味が悪い」
「ダメですよ宗、不安でいっぱいなお姫様にそんなことを言うなんて…!それに一番動揺しているのは零のようですよ、フフフ…面白いですね」
部屋の中には零以外の五奇人が既に集まっており、宗はいつもと違う累に嫌悪感を感じてしまっているようだ。それに対して渉はあまりに気にしている様子もなく、逆に今の状況…自分を心配する累に動揺して固まってしまった零を見て楽しんでいるようだった。
「だいたいどうしてこうなったのだよ。小僧が何かしたのかね?」
「残念ながらボクにはさっぱりなんダ。原因がわからないから対処しようにもどうしようもないネ」
お手上げだと肩をすくめる夏目。
一方固まっていた零だが、未だに微動だにせず累を見つめたままだった。
「おやおや、熱烈な視線ですねえ」
「あ、あの、」
「るい〜もしれいにおそわれたらすぐにいうんですよ〜」
「おい、誰が襲うだって?」
奏汰の発言にようやく気を取り戻したのか、零が奏汰を睨む。先ほどのチョップの痛みに関する恨みも入っているような気がする。
「奏汰の言う通り、こんなに可愛らしかったら零が襲いたくなるのもわかります」
「わ、わたるくん近い」
渉は累の髪を一房とってその髪にキスをする。
すると累は少しだけ顔を赤らめて周りの視線から逃れるように俯いた。
いつもの累ならありえない。しかしいまの累はいつもより随分と女の子らしく、本当にお姫さまという言葉が似合うような性格になってしまっているのだ。
そんないまだからこそ、もしかしたら、万が一、にも、零が累を襲う、なんて状況ができてもおかしくはないと、その部屋にいた誰しもが思った。それくらい累に対する零の執着はすごいと全員が認識していた。
「いつものるいならぼくらのたすけはいらないとおもいますけど。いまのるいはていこうしてくれなさそうなので、できればちかづかないでほしいです」
「俺様チャンそんなに信用ないわけ?」
「自分の行動を見直してから言ってくれたまえ」
奏汰の毒舌と宗の肯定の言葉、それから誰一人否定してくれなかったことに口端をひくつかせながら苦笑いを浮かべる零。
「みんな仲良しなのね」
「なに言ってるのサ。累ねえさんだって変わらないサ。それとももうボクたちとは仲良くしてくれないノ?」
まるで他人事のように会話の流れを追っていた累。しかし夏目にそう言われて驚いたように目を見開く。
「こんな私でも仲良くしてくれるの?」
部屋を見渡す累。三者三様、それぞれ色々な反応をしていたが、誰一人否定をするそぶりを見せたものはいなかった。
そんな奇人たちを見た累は、それは嬉しそうに笑顔を浮かべた。その笑顔は友人にしか見せない累の一番の笑顔。いつも見ていたはずのその笑顔だったが、いまの雰囲気と合わさって花が咲くような可憐な笑顔に見えた。
その笑顔を見た瞬間急に視線を外したのが部屋の中に1、2、3、4、5人。
累は一人首を傾げて5人を見ていた。
20180927