遠くから声だけが聞こえて累は足を止めた。聞き覚えのない声であるが確実にそれは大きくなり近づいてきていることはわかる。そしてそれは上からだ。
累は視線を上にあげた。すると驚くことに頭上には人影が。それはすとんと累の目の前に着地すると、累を視界に収め、それからきょとんとした顔をして首を傾げた。
「あれ〜?ししょ〜じゃなかったな〜」
ふわりとした黄色の毛を揺らした彼はそう言って累をまじまじと見た。視線には慣れている累だがあまりにも彼がまじまじと累を見るため、不快感を感じ始める。
「なに?」
「ししょ〜じゃないのにししょ〜の色が見えるのな〜」
「は?よくわからないんだけど。まずどっからきたのよ…」
「あそこの窓から来たのな〜。宙はパルクールが得意です!壁だって歩けちゃうのな〜」
宙と名乗る少年が指さすのは三階の窓。あそこから累のいる一階まで壁を歩いて来たという。嘘のようだが変わり者が集まる夢ノ咲のことだ、壁を歩くやつもいるのかもしれないと累は特に気にしたようもなく、そう、と一言返した。
「うーん、どう見てもししょ〜の色なのな〜」
まじまじと累を見てくる宙に不快感を感じたが、自分より幾分か小さな宙に冷たい言葉を浴びせるのは心が痛む。
「人のことをジロジロと見ないで頂戴」
わしゃわしゃと頭を撫でてやって視界を遮ることで純粋な好奇心でいっぱいの宙の視線をそらした。
「ごめんなさいな〜宙はよく人を傷つけてしまいます。ししょ〜にも気をつけるよう言われてるんだけどな〜難しいです」
少ししょぼんとした宙を累は可愛いと思った。元々年下は可愛がりたいタイプだ。
「反省できるのはいいことよ」
そう言って今度は優しく撫でてやると、宙は嬉しそうに微笑んだ。
「でもなんでだろうな〜。おね〜さんにはししょ〜の色が見えます」
「それってどんな色なの?」
興味が出た累は宙に問いかける。すると宙は眉を下げながら、
「なんだか悲しそうな色な〜。だから宙は元気づけるために来たんだけど、おね〜さんは悲しい?」
「悲しくはないわね」
「なら問題ありません!でもおね〜さんはちっとも笑わないのな〜」
累はステージ、もしくは仲の良い人以外の前では滅多に笑わなかった。
悪く言って仕舞えば愛想が悪いとも言えるほどなのだが、興味がないものに対してはとことん冷たいところがあるので仕方がない。
「余計なお世話よ。私は元々こういう顔なの」
「でも、笑ったら絶対可愛いのな〜。宙はみんなの笑顔が大好きです!だからおね〜さんも笑って!」
彼の言葉は真っ直ぐで、お世辞を含んでいるようには思えなかった。
屈託のない笑顔を向けられた累はまいったとばかりに肩の力を抜いて、
「ありがとう」
と、小さく微笑むのだった。
20171016