くあと欠伸をする零は薫を教室から連れ出した割には説明する気がないように見えた。
それにしびれを切らした薫から、

「ちょっと朔間さん説明してよ?どういうことなの?」

そう言って問いかける。しかし返ってきたのは、

「どういうこともない。そういうことじゃよ」

と、曖昧な言葉だった。

「説明になってないじゃん。累は一体どうしたの?朔間さんを見ても何も言わないなんて、誰?って顔してたじゃん」

薫は疑問を全て零にぶつけた。
累は、零と知り合いであるはずだった。いや、知り合いというカテゴリーには当てはまらない。それ以上のかけがえのない仲間だったはずだ。
去年まで、学院は五奇人と呼ばれた零を含む五人が人気を博していた。そしてその五人と仲の良かったのが累。女の子のような容姿から五奇人のお姫さまと呼ばれていた。
なのに、

「あれじゃまるで、」

まるで、記憶がないみたい。

そう言いかけて薫は理解した。

累には記憶がない、と。

「そういうこと、じゃよ」

零のその言葉が裏付けの後押しになる。

「え、一体どうやって」
「どうやらうちの我儘な魔法使いが勝手に魔法をかけてくれたようでのう…」
「魔法ってそんな、非科学的な…」
「それを逆先くんには言うてくれるなよ。呪い殺されても我輩は知らぬぞ」

零はクツクツ笑う。
薫にはどうして零がそうやって笑っていられるのか不思議でならなかった。零は累と仲の良かったあの五奇人の中でも人一倍累に執着していたのだ。

「まあ正確に言うと暗示、じゃな。逆先くんはそう言う方面にはめっぽう強いからのう。我輩たちが距離を置いているすきにやりおったわい」

やれやれと言うように手を上げてみせる零。

五奇人とお姫さま。彼らはとても楽しく学生生活を送っていたのだが、それは突然として終わりを告げた。現生徒会であるfineが彼らを悪役に仕立て、自分たちの力を誇示するためだけに打ち滅ぼしたのだ。そのとき累はなにもできなかった、いや五奇人たちがなにもさせなかった。それが逆に累のプライドを傷つけて、一時期抜け殻のように過ごしていた。その後それがたたって栄養失調と疲労により入院。自分たちの存在が累を傷つけたことを分かっていた五奇人は累との接触を絶った。
一人を除いて。
1年生だった夏目だけは、累と同じようになにもできずに守られた側だった。彼は累が悲しみに飲まれて沈んでいくのを見ていられなかった。だから、誰にも相談せず、勝手に累の記憶から辛いことを消した。また、昔の累に戻って、笑顔を見せて欲しい。ただ、それだけだった。

「しかし安心したわい。元気そうなあの子を見ておじいちゃんは満足じゃ」

零は今の状態に納得しているようだった。

累が笑顔でいて欲しいのは他の四人も同じだった。だから誰も夏目を責めなかったし、それでいいと思った。

そうして、ようやく復帰した累を見て、零は心底安心したのだ。

「朔間さんはそれでいいの…?」
「あの子が笑っていられるのが一番じゃからのう。我輩にはあの子を守れる力はもう残っておらんし」
「だけどさ、朔間さん、」
「だから薫くん、あの子のことをよろしく頼むぞい」

今度こそ彼が悲しまないように、笑っていられるように。願いを込めて零は薫の肩に手を置く。

「えっちょっと朔間さん…!」
「もう少しで授業が始まるし薫くんも教室に戻るんじゃよ〜」

そう言うと去って行ってしまう零。薫はそれを肩の痛みと共に呆然と見送った。零は薫の肩に手を置いた時、彼の肩を掴んでいた。しかも思い切り。
本当は零だってこんなことになるのは望んでいない。けれど仕方がない、これが最善策であるはずなのだ。

薫だって友人が悲しむ顔は見たくない。けれど自分にだって守る力はないのだ。零に頼まれたからといってどうにかなる問題ではない。それに女の子を守るならまだしも男のお守りなんてお断りだった。

「俺にどうしろっていうわけ…?」

薫はため息をつきながら、零の去っていた方向を見ていた。

薫は累が一番大変な時になにもしてやれなかった。親友だというのに蚊帳の外で苦しむ彼を見ていることしかできなかったのだ。それなりに罪悪感を覚えたけれど、薫には関係ない話だし、自分が出て言ったところで五奇人たちに並ぶほどの力もない。何かしようにしても、ただ見ていることしかできなかったのだ。

それでも、

隣に立って支えるくらいなら。
今ならできるかもしれない。

大切な親友が傷つかないように守ることはできない。けれどそれを横に立って支えることならしてあげてもいいと思った。




20180721
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