「ねえ、あんずちゃん、終わったらデートしてくれるんだよね?」

薫は隣にいるあんずに確認するように問いかけた。
あんずはそれを無視して、前を見据えたままだった。先程から何を話しかけてもこの調子である。それにどんどん距離を取られていた。
それだけ薫があんずに嫌われていることになるのだが、薫はめげずにあんずに話しかける。

その時、部屋の扉がガチャリと開いた。

「ちょっと、あんたまたしつこく絡んでたの?」

入ってきたのはアイドル衣装に身を包んだ累だった。
今日は累の地下ライブハウスにて累のライブが行われていた。あんずはその手伝いで来ており、そのあんずを手伝うことでデートしてもらおうという魂胆で薫が来ていた。

あんずは隣の薫を見事なまでに無視して、戻ってきた累にタオルを手渡す。

「ありがとうあんず」

累の言葉にあんずはこくりと頷いた。

「おつかれ累」
「はいはい、ありがとう。ちゃんと手伝ってたわけ?」
「当たり前じゃん」

薫はそうはいうけど、あんずの冷たい視線が全てを物語っていた。
累はそれにため息をつきながら呆れる。この薫の女癖はいつになったらなくなるのだろうかと。

「そういえば明日のRabbitsとのレッスンのメニューどうなった?」
「ん?累、なずなくんのところのレッスンに参加するの?」

薫が驚いた声をあげる。
昔の累だったら他のユニットと練習することなんてあり得なかったからだ。

「悪い?」

累は不快だと言わんばかりに顔をしかめた。
しかし視線を少し落としたと思うと、

「…記憶がない頃にたくさんの人に支えられていたことを知ったから。少しだけ、周りに目をむけてもいいかなと思えたから」

そう言って少し照れ臭そうに笑った。

「累、変わったね」

確かに変わった。
昔より他人と関わるようになったし、周りに目を向けるようになった。
あの記憶のない数ヶ月を通して、少しだけ成長したように感じる。

「だってもう、私はあの頃の私じゃない。お姫様じゃないもの。それにそのレッテルがなくたって、ファンの期待に応えて見せるわ」

自身に満ち溢れた顔で累は答えた。

その時、楽屋の扉が開いた。

「すみません広瀬さん、観客のアンコールが止まらなくて、出てもらえますか?」

入ってきたスタッフがそう告げる。
開いた扉からは観客のアンコールの声が確かに聞こえた。
確かに変わったこともあるけれど、累の信念は何も変わらない。
大切なファンのために、最大限のパフォーマンスをする。

「ええ、もちろん」

累は迷うことなくそう答えた。

「いってきます」

累は薫とあんずに声をかける。
二人は笑顔で累を見送った。

それから累は堂々とした足取りで、迷うことなくステージに向かう

徐々に大きくなる歓声に累の胸が高鳴なった。

そして、やっぱり、自分は、アイドルとして、ステージに立つことが好きだと、思った。

これからもずっと、そうしていきたいと、そう、思った。

「みんな〜!アンコールありがとう!」

幸せだと全身で伝わってくるほど、満開の笑顔でステージに立った累は、観客大きな歓声に包み込まれた。

そしてまた、累は幸せそうに笑った。



20181128
end
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