軽やかな足取りで累は校舎内を歩いていた。その顔は満足そうな笑みをたたえていて、鼻歌でも聞こえてき
そうなほど上機嫌である。

コンコンととある部屋をノックする。それから返事が来る前にその部屋の扉を開けた。
扉の上に飾られたプレートには手芸部の文字が記されていて、累が会いにきた人物が容易に想像できる。

「ねえ、宗、髪を整えてくれな、」
「ノン!!!!」

累が言葉を言い終える前に宗の大きな否定の声がそれを遮った。
それから勢いよく彼が入口へと迫ってくるのをみて、累は思わず後ずさりしてしまう。それぐらい宗は鬼気迫る表情をしていた。

「ちょ、ちょっとなによ!」
「何ということをしてくれたのかね!ああ、綺麗な髪が…」

がしりと累の肩を掴んだ宗は、心底絶望したような顔で累の襟足を撫でる。
まさか、そんなにもショックを受けていると思わない累は、ひたすらに驚きを隠せなかった。もしかしたら英智以上に驚いているかもしれない。

「そんなに驚かれると思わなかった」
「なぜだ?」
「いや、あんた私のアイドル姿、嫌いだったじゃない」

累のいう通り、宗は累のアイドルとしての姿を好んではいなかった。もちろん、彼のアイドルに対する姿勢だとか、パフォーマンス技術に関しては申し分ない。しかし、宗のように言えば、俗物に対して媚を売る、というようなパフォーマンスが、彼の美学に反していて、好ましいと思えなかったのだ。

それを知らない累はこんなにも驚く宗が予想外で、理解ができなかったのである。

「ふむ、確かにそうは言ったが、君の容姿は学院でもトップを張る美しさだと思っているよ。だからこそ、なんてことを…」

普段褒めることが少ない宗の言葉に、累はまた少し驚いて、それから嬉しそうに笑った。

「お師さん、あの、いつまでも入口で話しとらんで、中に来たらええんやない?」

二人が入口でやり取りをしていると、中から恐る恐ると言ったように声がかかる。
それに累が視線を向けると、パチリとみかと目があった。彼は久しぶりの累に−−−元々人見知りであることもあるが−−−どうしたらいいのか分からずにうろうろと視線を彷徨わせた。それに気づいた累は自らみかに近づく。

「久しぶりね、みか」
「ええっと、久しぶり累ねえ、」
「うん、心配させてごめんなさい」
「んあ、ええんや、こうして、また会えて本当に嬉しい、で」
「もう、そんなに緊張しなくていいわよ」

累はみかの頭をふわりふわりと撫でる。それにみかは照れながらも嬉しそうにする。

「ははっ、累ねえや。俺の頭を撫でてくれるのは累ねえくらいやもん」
「望むならいくらでも撫でてあげるわ」
「んああ、ほんとに、よかった、累ねえ…!」

感情のままにみかは累に抱きつく。ぎゅうとしがみつくように抱きつかれてしまえば、どれだけみかが心配していたのかがよくわかった。
累はそれを申し訳なく思い、そして嬉しく思いながら彼の頭を撫で続けた。

「感動の再会はそこまでにするのだよ。目的があってここに来たのだろう?」
「まあ、そうだけど。本当に久しぶりの再会なのに相変わらずね」
「別に何が変わるわけではないだろう。いや、確かに変わってしまったこともあるけれど」

なずながいないこと、それは累ももうわかっていた。彼がRabbitsとしてステージに立っているところを見ていたから。
それだけ、少し心配していたのだけれど、宗の様子を見る限り、自分なりに気持ちの整理はつけたのだろう。
それに少しだけ安心しながら、

「それでも累、君との関係は何も変わらないはずだがね」

というその後の言葉で、自分のことを変わらず友人として迎え入れてくれていることを喜ばしく思った。

「………そうね、当たり前じゃない」
「ほら、早くこちらへ来い。その髪をなんとかするんだろう?」
「ええ、お願い」

累がここを一番に訪れた理由。それはステージで適当に切ってしまった髪を整えてもらうためだった。みかの髪を整えているのは宗である。それを知っていて累はここへ足を運んだのだ。
宗は累がここに来ると予想して、既に準備をしてくれていたようで、新聞紙の引かれた椅子に座らされる。
それからハサミを使用して丁寧に彼の髪を整えていった。

その途中でふと、宗の手が止まる。
それはあるカラクリに気づいたからだ。

「チッ、なんてことだ」

苛立ちを含んだ言葉を吐きながら、宗の手は順当に累の髪を整えていく。

「ちょっと、最初より雑になってきてない?」
「当たり前だろう!」
「ふふ、ごめんなさいね。ネタバラシは後でさせてちょうだい」

累は悪戯っ子のように笑う。
そばで見ていたみかはなんのことだろうと首をひねった。

「ふむ、いいのではないかね」

宗の声にみかが鏡を累に手渡す。
それを使って出来栄えを確認した累は、満足そうに笑顔を浮かべた。

「ええ、ありがとう」
「これからどうするのかね」
「奏汰に会いに行こうと思って。まだ会ってないのよね。それから…零にも」

だんだん尻すぼみになっていく累の声。あいも変わらず、彼は零のことが"嫌い"なのである。
それに宗は懐かしそうに小さく笑った。





手芸部の部室を出た累は、奏汰の元へと急いでいた。
実は先ほどの累のライブ、奏汰がユニットメンバーの流星隊とともに観客席にいたのを見ていたのだ。そして、累のライブが終わってからそっと会場を抜け出していたのも見ていた。
おそらく、あの場所にいるだろうと、大体の検討はついている。

水の音が響く噴水広場は静かだった。
累はそこにぽつりと座る人影を捉えると、足早に近づいて声をかける。

「やっぱりここにいたのね」
「るいならきてくれるとおもいました〜」

彼は珍しく噴水の中ではなく、その淵に座っていた。

「でも、おそいですよ〜。ぼく、ずっとまっていたのに〜」
「それは、本当にごめんなさい」
「こんどいっしょにぷかぷかしてくれたらゆるします〜」
「ええ…それは遠慮したいのだけれど」

累がそう言うが、奏汰はニコニコとしたか笑顔を浮かべるばかり。無言の圧力である。
それに負けた累はため息をつきながら、

「わかったわよ、」

と了承の声を返した。

「わ〜い、うれしいです〜」

奏汰は累の手を取ってぶんぶんと振って喜びを表す。それに累は仕方ないなとばかりにゆるく微笑んでされるがままにした。
しかしそれは急に止まる。それから奏汰はじっと累のことを見上げてきた。

「かみ、きっちゃったんですね」
「似合わないかしら?」
「いえ、そんなことは。でも、ちょっとかなしいです」
「でもこれが私なりのけじめだから」

奏汰の悲しそうな顔に少し心が痛む累。けれど後悔はしていなかった。奏汰もそれをわかっているから、それ以上は何も言わなかった。

「いまから"じゅんけっしょう"がはじまりますけど、るいはどうするんですか〜?」
「一応見にいくつもり。…あとは零に会うくらいなんだけど、終わるまで会えないと思うしね」
「ふふ、そうですか」

嫌そうに零の名前を出す累に奏汰は懐かしげに楽しそうに笑う。その宗と同じような反応に、累は苦虫を潰したような表情をしてしまった。

「あ、深海殿を発見したでござる!」
「おお、よくやった仙石!」
「早くしないとライブが始まっちゃうっスよ〜!」
「はあ、べつにみんなで行かなくてもいいだろ…」

奏汰との話がひと段落したところで、奏汰を探す声が聞こえる。それは彼のユニットのメンバーの声で、徐々に近づいてくるのが見えた。

「じゃあ、私行くわね。守沢に会いたくないのよ。あいつうるさいし」
「わるぎはないんですけどね〜」
「わかってるけど。今会うとうるさそうだから嫌」

以前、と言ってもかなり昔のことだが、守沢に巻き込まれて散々な目にあったのを覚えている累は彼がたどり着く前にこの場を去ることにした。

「またゆっくり話しましょう」
「やくそく、わすれないでくださいね〜」
「はいはい」

忘れてくれてもいいんだけど、なんて思いながら、ひらりと手を振る奏汰を背に、累は足早にその場を去った。





準決勝、決勝とあっという間に終わった。結果はTrickstarの勝利。以前とは違った清々しい気持ちで累はそれを見た。

歓喜に沸く学院から遠ざかるように、累はある場所に来ていた。
扉を閉じると外の音はほとんど聞こえない。中央に鎮座する棺桶を見ればそこが軽音楽部の部室であることがわかった。

累はそれに腰掛けて待っていた。
きっと彼ならここに来てくれるだろうと思って。

ガチャリと扉が開く。
累は視線をそちらに向けた。

「遅いわよ」
「おじいちゃんだからの、許しておくれ」

累の目論見通り、彼は、零はここへやってきた。
彼はゆっくりと累の目の前まで歩いてくる。

「ステージ見ておったよ」
「そ、どうだった?」
「我輩の中では、累ちゃんが優勝じゃったよ」
「やだ、その呼び方、気持ち悪いからやめてくれない?ただでさえ、その喋り方に鳥肌が止まらないもの」

相変わらずの冷たい対応をする累。それを気にしたそぶりも見せず、零は緩やかに笑った。

「それはすまんのう。累」

零はとても懐かしそうにその名を呼んだ。それから累の髪に手を伸ばす。それからするりと上から髪を梳いた。いつもなら長くもてあそぶことができるその手は、すぐに手持ち無沙汰になる。

「怒っているだろうか、我輩たちのことを」
「もちろん。髪を切ったのもあんたたちに一泡吹かせるためなんだから」

累の言葉に、零は眉尻を下げて申し訳なさそうな顔をした。
それを見て累は楽しそうに笑う。
それはそれは楽しそうに、まるで悪戯っ子のように笑う。

「ね、いるんでしょう?入ってきなさいよ」

累はそう、空中に声をかけた。明らかに目の前の零ではなく、誰とも言えない、空中にだ。
それに返答など来ないはず、しかし、

「おや、気づかれていましたか!」

その声とともに、がこんと天井の壁が剥がれて、渉が飛び降りてきた。

「ほんとに神出鬼没ね、あんたは」
「ふふ、呼ばれたならば何処へでもかけつけますよ!」

天井からおりてきた彼は軽やかな足取りで扉の前まで行くと、その戸を開けた。

「ふふ、ちゃんと来てくれて嬉しいわ」
「零のところへ行くと言っていたからな」
「ちゃんときづいてましたよ〜」

最初に宗と奏汰が部屋に入ってくる。彼らに言った零に会うという言葉はしっかりとそれに隠された意味まで伝わっていたようだ。
宗と奏汰が部屋に入ったそのあとに、もう一人人影があった。元奇人が4人揃ったのだ、残る一人は自ずとわかるだろう。

「累ねえさん、どうしテ、」

そこにいたのは絶望したような顔で立っている夏目だった。
人一倍累に懐いていた夏目は、累の髪が短くなってしまっていたことがとてもショックだったのだ。

「…罪悪感がすごいわ」
「だったらさっさと種明かしをすればいいのだよ。小僧、さっさと中に入りたまえ」

宗が呆れたようにそう言って夏目の手を引く。

「おや、累が逆先くんを泣かしたぞい」
「べつに泣いてなんかないヨ」
「るい〜たねあかしとはなんですか?かくしてないではやくおしえてください〜」

人数が増えて部屋の中が賑やかになる。

それはまるで昔に戻ったようだった。

確かに全員変わってしまった。

所属ユニットが変わって、喋り方が変わって、地位がなくなって、あの頃とまるで違うかもしれない。

それでも、あの頃と同じように変わらず、彼らは大事な友人であった。

「…ねえ、私、記憶が戻って幸せよ。二度と忘れたりしない」

累はふわりと微笑んだ。
それから自らの髪に触れて、ゆるく握る。
そしてそのままその手を下に引いた。

ぱさりと音を立てて落ちる髪束。

ふわりと広がる少し癖のある髪。

「私の気持ちは何も変わらない。ずっと、これからも」

そう言った累は、元の長さに戻った髪で、あの頃と変わらぬ堂々とした笑みで微笑んだ。

彼の手には彼と同じ髪色のショートカットのウィッグが。
ここまでくれば誰でもわかるだろう。累が切ったのは、ウィッグの髪で、累本来の髪は一ミリたりとも切られていなかったのだ。

「ふふ、驚いたかしら?と、言っても何人かは後で気づいたみたいだけどね。あいつのために自分の髪を切るなんて嫌に決まってるじゃない」
「ああ…やられタ…」

まんまとやられたとばかりに脱力する夏目。
反応が一番大きかったのは夏目だが、零と奏汰も一瞬目を見開いて驚いていた。

「ふふ、夏目くんもまだまだですねえ!」
「そういう渉も最初は気づいてなかったでしょ」

気づいていれば、同じステージ上にいたのだから、髪を切った時点ですぐに反応していたはずである。しかしあの時渉は一言も発さずにまんまるとした目で見ていたのを累は知っていた。知っていてあえて話しかけずにステージを去っていた。
驚いていた夏目に対して、一切驚いたような反応をしなかったのを見る限り、後から気づいたのだろう。舞台に立つ渉はウィッグだと気づくのはきっと容易いはずだ。

「これは一杯やられたのう」
「あんしんしました〜。しゅうはおどろいていませんけどきづいていたんですか〜?」
「髪を整えてやったのは僕だからね。その時に気づいたよ」
「つまらないの」
「つまらないとはなんだね」

宗がムッとして累を見る。それに負けじと累も睨み返した。喧嘩するほど仲が良いと言うが、この二人にはやはりその言葉がぴったりだ。

「ていうか、あんたたち、記憶を消した癖に私に会いに来たわよね。特に零はいっちばん最初に!」
「はて、なんのことかのう…」
「しらをきらないでください、みんなしってますからね」
「深海くん、真顔でこちらを見るのはやめておくれ。お主の圧力が一番怖い」

冷たい目で零のことを見る奏汰。奏汰だって累に会いたくて仕方なかったのだ。こうなるのも無理はない。

「そういう奏汰だって、会いに来たじゃない。しかも噴水と、演劇部の部室と、手芸部の部室、図書室だなんて思い出せと言わんばかりよ」
「そういえば思ったんですが、軽音楽部の部室はいれなかったんですね!」
「ああ、渉にはちょうどあの時話したんだっけ。そうよね、確かに軽音楽部の部室は言われなかったわ」
「あたりまえでしょう。いのいちばんにあったくせにまたあおうなんてゆるしません」
「深海くんこわい!」

おいおいと泣き真似をしてみせる零。それにイラついた累は足蹴りを零にお見舞いしてやった。地面にうずくまる零。それを見るのも久しぶりである。

「この光景も久しぶりですねえ」
「少しは懲りたらどうかね」
「仕方ないよ、零にいさんは累ねえさんのこと大好きだし」
「やだ、気持ち悪いこと言わないでよね夏目」
「全く、累は酷いのう」
「じこうじとくです」

変わらないやりとりに、小言を言いながらも、皆、どこか楽しげである。彼ら全員が、友人との再会を喜んでいた。

累もそれを感じていた。

そして、
どうしようもなく、
彼らが愛おしくてたまらなかった。

恥ずかしくて言葉にはできないけれど、きっと彼らにも伝わっているだろう。

幸せそうな累の笑顔がそれを物語っているのだから。



20181127
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