身に馴染んだピンクのワンピースに袖を通す。数ヶ月ぶりに着たユニット衣装だったが、しっくりときた。可愛らしさを重視したメイクでさらに女の子らしさを出す。それから最後に、ティアラを乗せたリボンをつける。

これで、五奇人のお姫様の完成だ。

少し、緊張をしながら歓声が上がる会場へと向かう。
一歩進むごとに大きくなる観客の声。

ただ、懐かしいと思った。

向かう会場は天祥院英智が率いるfineが立つ舞台。


…−−−さあ、物語を終わらせよう。




決勝戦に向けてばたつく舞台袖をゆっくりと歩く。
累は分かっていた。
今日自分が負けてしまうことを。
それでも進まなくてはいけなかった。
前に進むために、二度と負けないために。

双子から託されていたマイクの電源を入れる。DDDに参加申し込みをしていない累は勝手に乱入することになる。その協力を双子にしてもらっていた。どうやら彼らはお昼の自分たちの出番で派手に暴れて謹慎を食らったそうなのだが、清々しい顔をしていた。

すうっと息を吸い込む。

大丈夫、だって私は広瀬累よ。

にっこり笑って、勢いよく声を出した。

「ねえ、天祥院!私のこと、忘れてないわよね?」

ひらりとスカートの裾を舞わせながらステージ上へとあがる。
ドキドキと心臓は早鐘を打っていたが、そんなものはおくびにも出さず、最高の笑顔を見せる。

全ての観客を虜にする、最高の笑顔で。

「みんな〜こんにちは〜!Pinky Ribbonの広瀬累です!急にお邪魔しちゃってごめんなさい!よかったら、私のライブ、聞いてくれないかな〜?」

累のことを知っている観客など、ほとんどいないだろう。しかし、一日ライブを鑑賞した観客たちの勢いは止まらない。それを逆手にとって累は観客を味方につけるところから始めたのだ。
案の定、急な登場だったのにも関わらず、累の言葉には大きな返事が帰ってきた。

「ちょっと〜!勝手に舞台に上がってくるなんて何様なわけ〜?こないだから会長に対して態度もなってないぞ!」
「坊っちゃま、皆さまの前でそのような物言いはお控えくださいませ」

いの一番に反応したのは桃李だった。それを制すように弓弦が彼の肩を引く。
声をかけられたはずの英智はと言うと、驚いた顔をしていた。

「累ちゃん、君は、」

英智は累が記憶を取り戻していることにすぐに気がついたようだ。
しばらく驚いた顔をしていた英智だが、その後すぐにわくわくしたような子供のような顔をした。

「私のことはどうでもいいわ。ねえ、天祥院。私の挑戦、受け取ってくれるかしら?」
「そんなの受け取るわけないよね、会長!さっさと誰か舞台から降ろしてよね〜!」

英智の代わりに桃李が答える。
しかし、英智はそれを制して、

「ねえ、桃李、会場を見てごらん」

そう桃李に促した。
桃李が会場に目を向けると、たくさんの声が聞こえる。それはどれもが累を迎え入れる言葉で、桃李はくしゃりと顔を歪めた。

「こんなに期待してくれているお客さんがいるのに、断れないよね」
「でも、会長、体調が、」
「大丈夫、ここで引き下がるわけにはいかないだろう?」
「う〜〜!会長が言うなら!」

累の思惑通り、英智は累の挑戦を拒むことはしなかった。

勝っても負けてもこれが最後。

敵は優雅に微笑む、皇帝閣下。

彼をまっすぐと見ていると、視界に長い髪が入る。累はそれがすぐに誰のものだかわかった。
マイクを持っていない手が取られる感じがして、次の瞬間、目の前に思った通りの人物…渉が王子様のように跪いていた。

「ご機嫌麗しゅう、お姫様」
「あら、御機嫌よう、渉さん。なんてね」

演技派の二人はまるで王子様とお姫様のようであった。いつもだったらこんな茶番には付き合わない。けれど今の累は茶番に付き合ってしまうほど、久しぶりの友人との再会を喜こんでいた。それが敵同士であったとしても嬉しくて仕方がないのだ。

「一度累とは本気でたたかってみたかったのですよ」
「よく言うわ。なんでfineなんかにいるのよ。渉の考えることは本当によくわからないわ」

累は渉の手をぱっと離して、一歩下がる。

「あとで、たくさん話しましょう。今は私とあんたは敵同士。全力で行くわよ!」

累は力強くそう、宣言して、ステージをはけた。
上位ユニットからのライブ発表、つまりfineが先にライブをするからだ。


舞台袖で彼らのライブを見ながらマイクを力強く握る。
そうでもしないと震えた指が誤魔化せなかったからだ。
今日は誰も守ってはくれない。

累は目を瞑りゆっくり深呼吸をした。落ち着けと自分に言い聞かせて。
すると、暗闇の中で、今までのことが走馬灯のように浮かんできた。
そういえば、いつだって累の周りには誰かがいた。
親友の薫はもちろんのことだけれど。
記憶を消した癖に零は初日から会いにきたし、奏汰も渉も励ましの言葉をくれた。
記憶を取り戻すきっかけを宗がくれたし、時々学院で見た赤色は、きっと夏目だったのだろう。

「ふふ、本当に馬鹿なんだから、」

これでは記憶を消した意味がないではないか。
思わず累は笑みをこぼした。

気づくと震えも止まっている。

目を開けると、ちょうどfineのパフォーマンスが終わったところだった。
彼らが舞台袖に戻ってくる。
累はステージに向かって歩き出した。

「みんな〜!用意はいい〜?」

累の言葉に会場から大きな歓声がわく。
それに嬉しそうに笑った累は、立ち位置に立つと、曲が流れるのを待った。

歌うのは、いつもの曲。

待っているから、迎えにきて、私の王子様。

歌うのは今日で最後と決めていた。
今日で五奇人のお姫様は終わり。

全て終わりにするのだ。

「っは、」

一曲全力で歌いきった累は力を抜くように小さく息を吐いた。全力は出しきった。あとは、もうやれることはない。

少しだけ緊張しながら観客の声を待つ。
すると、次の瞬間、大きな歓声が上がった。どの客も笑顔でペンライトを掲げている。その、久しぶりに見る光景に、累は鳥肌が止まらなかった。自分のパフォーマンスで笑顔になってくれる。こんなに嬉しいことはない。

「どうも、ありがとう…!」

またステージに上がれたことが、累は嬉しくて仕方なかった。

「ねえ、みんな〜!私のこと、好きよね?」

会場からは大きな歓声が返ってくる。
それをとても喜ばしく感じていたが、少しだけ、ほんの少しだけ物足りないと感じてしまった。

累がお姫様と呼ばれていたあの頃。まるで夢だったのではないかと錯覚してしまう。
おきまりのコールアンドレスポンス。
きっともう二度と聞くことはないのだろう。



「はあ、全く、騎士なんて柄じゃないんだけどなあ」

大勢いる会場の中で、ポツリと誰かが呟いた。歓声に掻き消された声は届かないかもしれない。
それでも彼は叫んだ。

「イエス!マイ!プリンセスーーーー!」



その声はステージの累に届いていた。
こんなにたくさんの歓声で埋もれてしまうはずなのに、しっかりと聞き取れたその声。
たった一つの声だったけれど、あの頃のことが嘘ではなかったと、夢ではなかったと感じられて、累は泣きそうになった。それでもステージに立っている以上、泣くわけにはいかない。彼は精一杯の笑顔を浮かべ、

「ありがとう、薫、」

大切な友人に向けてそう呟いた。



結果をいうと、累は負けた。圧倒的大差をつけて。
しかし不思議と清々しい気持ちでいた。

「累ちゃん、僕たちの勝ちだよ」

英智はふわりと微笑みながら累に言う。けれどそれに嫌悪感は抱かなかった。

なぜなら累の勝負はまだ終わっていなかったからだ。

「いいえ、それはどうかしら?」

累はにやりと笑う。
それはまるで悪戯っ子のような笑みで、あの双子を彷彿とさせるようだ。

彼は懐からあるものを取り出す。
キラリと照明に反射したそれは、よくある"ハサミ"で、彼はためらいもなくそれを自身の髪に当ててた。

ざくり、と言う音がなる。
時間が止まったように静寂に包まれた。
動いているのははらりと舞う累の髪だけだ。

「もう二度と、あんたの思い通りには動かない」

累は、そういうと、勢いよく自身の髪を切った。
ためらいもなく振るわれる累の手によって、長かった髪がボブの長さになっていく。

「ちょ、ちょっと!何やってんのお!」

あまりの奇行に一番敵対視していた桃李ですら慌て出す。

「すっきりしたかしら?」
「予想外だよ累ちゃん。どうしてそんなことを」
「お姫様は今日でおしまい。私なりのけじめよ」

累はそう言って短くなった襟足を撫ぜて笑う。
全く気にしている様子がない累に対して、英智は驚愕の顔を戻せないままでいた。
その顔を見てまた、累は満足そうに笑う。

ライブには負けるかもしれない。
しかしどうしても英智に一矢報いたかった累が出した答えがこれだ。
思惑通り、英智は大変動揺しており、累の満足のいく結果となったと言えるだろう。

「こんなダサい格好でステージに立ちたくないし、私は行くけど…ふふ、せいぜい頑張って!」

累は英智たちも、観客も全て置き去りに、スキップでもしそうな勢いで、ステージを後にする。

「はは、負けたよ、」

英智は潔く降参を認めて、累の堂々とした後ろ姿を見送った。




20181120
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