「あ、いた」
「あれ、累じゃん。どうしたの〜?」
「ちょっと聞きたいことがあって、


零はどこにいる?」

累の口から出た言葉が、薫には一瞬理解できなかった。あまりにもためらいなく出てきた零という名前に脳が一瞬で判断できなかったのだ。

零、とは朔間零のことだろう。
それは確実だ。この学院で零といえば彼だ。
ただ、それが累の口から出てきたことがおかしい。

だって累は記憶が、ないはず。

「ふふ、ああごめん急かしすぎたわね。DDDまで時間がないと思うと焦っちゃったわ」

あまりにも呆けた様子の薫に、累は謝りながら笑った。

「ずっと、心配かけてごめんなさい。もう大丈夫よ」
「待って、理解が追いつかないんだけど?」

突きつけられる驚きの連続に薫は、まだ理解できない。

「もう、理解しなさいよ。記憶、戻ったの」

えっと薫の口から小さく驚きの声が出る。ようやく累が言っていることを理解したからだ。

記憶が戻った。
それはとても喜ばしいことであるはずなのだが、薫はそうは思えなかった。

それで累は大丈夫なのか。
また、塞ぎ込んでしまわないか。

瞬時に不安が全身を駆け巡り、ぞわりと鳥肌が立つ。薫だってもう二度と、累のあんな姿は見たくなかった。

しかし、急に訪れた体への痛みに我に返される。
この痛みは蹴られた痛みだ、と累の足蹴りの被害に遭ってきた薫はすぐに理解した。

「ちょっと、なんていう顔してんのよ」

痛みにうずくまってしまった薫が顔を上げると累がちょっと怒ったような、困ったような表情でこちらを見下ろしていた。

足が出る癖はずっと変わらなかったな、などと思いながら、我に返ったことでようやく薫は落ち着きを取り戻す。
よく思い返せば、累はなんてことない顔をしていたし、それに、もう大丈夫と言っていた。
つまり、薫が心配するようなことはもうないわけだ。

「は〜びっくりさせないでよね」
「ごめんって言ってるじゃない」

その場で脱力する薫。
まさかそんなに薫が自分のことを心配していると思わなかった累は、照れたような声色で返してそっぽを向いた。

「それで、零はどこにいるの?」
「会ってどうするの?」
「DDDの動きについて知りたくて。このあいだのS1の話は夏目から詳しく聞きいたわ。それで、零が主導として動いていたから今回もそうじゃないかと思って」
「う〜ん、朔間さんね、今、寝てるよ」
「は?」

久しぶりに見た顔だと薫は思った。意味がわからないとばかりに顔をしかめている累は零への嫌悪感がにじみ出ている。
これでこそ累だなあと思わず薫はクスリと笑いながら話を続けた。

「もともと日差しに弱かったでしょ?最近はめっきり昼間に起きてこなくなっちゃった」

それから薫は、例のTrickstarが勝ったあとのUNDEADの話をし始めた。
彼自身は参加していないが、UNDEADとfineのB1が行われていて、そこでUNDEADは処刑と言わんばかりに敗北した。簡単にまとめるとそんな感じだ。

「………そう。じゃあ、今回のDDDは零が何か企んでいるわけではないわけ?」

話を聞いた累はたっぷり時間を開けてから、そう返した。

「たぶんそうなんじゃないかな?と、いうかTrickstarは解散させられたとか聞いたけど?」
「そこは私も知ってる。あの時とやることが変わらなくて笑っちゃうわよね」

笑っちゃう、と言いつつ彼の言葉には怒りが含まれていた。

「まあいいわ。零が何かするなら、それに乗じて私もfineと戦わせてもらおうと思ってただけだし」
「えっ、DDDに出るってこと?」
「悪い?」

薫はそれにうまく答えられなかった。
どうしても心配の言葉が出そうになるからだ。それを累が望んでいないことも薫は十分わかっていた。

「もう、心配しすぎよ!薫はそんな心配性だったかしら?私は大丈夫だって。もう二度と、負けないわ」

安心してとばかりに自信たっぷりに笑ってみせる累を見て、薫はため息をついた。

「俺が何言っても累は止められないしね」
「よくわかってるじゃない」

もうずっと累に振り回され続けている薫がわからないはずがなかった。
もう、累は決めているのだ。自分のしたいことを。
それに対して薫ができることは。

「一応言っておくけど、朔間さんなら軽音楽部の部室にいると思うよ」
「そう、わかったわ」

累は満足したように笑うと、すぐに薫に一言感謝の言葉を述べて歩き出した。
向かう先はおそらく軽音楽部の部室だろう。

「全く…頑張りなね、累」

きっと、累が一番欲しいであろう言葉。
しっかりとした足取りで進んでいく累の背中に、薫は小さく呟いた。


20181114




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