もう少し。もう少しで彼らに手が届きそうだ。
夢の中の累は必死に手を伸ばした。



累の元に一通の封筒が届いた。

朝、登校すると机の中に入っていて、差出人の名前は見当たらない。広瀬累様という表記だけはされていて、それが累の元へ届けられたものだというのだけはわかった。
金の刺繍が施された洒落た封筒は重さはなく、危険なものは入っていないだろうと思われる。それなら、と累は封筒を開封する。

ひらりと出てきたのは一枚のチケットだった。
チケットは今日の午後、繁華街の地下ライブ会場で行われるライブのチケットだった。出演者の欄に目を滑らせる。特に見知ったユニットは無いように思えた。では、なぜこのチケットは累の元に届けられたのだろうか。不自然すぎるチケットの意味が累にはわからなかった。このまま捨ててしまってもいいが、行けばもしかしたら差出人の意図がわかるかもしれない。ライブの開始時間は学校が終わってから。幸い予定もなく問題なく行くことができる。
まあ、暇つぶしぐらいにはなるだろうか。
累はチケットを封筒に戻すと、自分の鞄の中へ入れた。


そして放課後。
騒がしい繁華街を抜けて、目的の地下のライブハウスにたどり着く。ゆっくりと階段を降りて行くと、薄暗いライブハウスの中にたどり着く。座席などないライブハウス内はそれなりの人で溢れていて、皆好きな位置に立ってライブの開始を待っていた。

ざわついた空気の中、音楽が鳴り始めた。
出演者のジャンルに括りはないのか、さまざまなアーティストの演奏が代わる代わる行われる。累はそれを静かに劇場の端で見ていた。つまらないわけではないが、特別興味を引くものもなかった。
チケットはただのいたずらか、不要なものを押し付けられたか、そんなものだろう。たしかに暇つぶしにはなっていたので無駄ではなかったと思う。
出演者は残りもう少し。
前の演奏が終わって次の演目が始まったようだ。累が視線をステージに向けると前奏が流れてすぐに、スポットライトがステージに灯る。ワインレッドの耽美な衣装に身を包んだ二人組が、ステージの中央に立っていた。

ドクンッ。

累の心臓は大きく音を立てた。
どうしてかその二人は懐かしくてたまらなくて、良く知っているような気がした。

自然と足が動いて、ゆっくりと累は壁の端から中央の、よく見える位置まで移動する。
ハットを被った方の彼がまるで操っているかのように黒髪の彼が踊る。

知っている。私はこれを知っている。

累はステージから目が離せなかった。
歌い出しが聞こえる。よく聞きなれた声だ。累はその声で名前を呼ばれたことがあった。ほとんど喧嘩ばかりだったけれど、たくさん会話をした。一緒にステージにもたった。

ああ、どうして忘れていたんだろう。
忘れちゃいけなかったのに。

曲が進むごとに記憶が蘇る。
まるで外れていたピースが紡がれて行くように、鮮明に蘇る。

五奇人が負けたこと、自分が何もできなかったこと。
辛くて、情けなくて、悲しかったこと。

でもそれ以上に、

彼らと過ごした日々が、

幸せだったあの日々が、

沢山の思い出が、

全てのピースが埋まるように紡がれて行く。

「馬鹿、ほんと、馬鹿なんだから…」

累の目から涙が伝う。

魔法使いの魔法は、もう解かれてしまった。

累はかつて夢ノ咲学院で五奇人のお姫様と呼ばれていた。五奇人と呼ばれた彼らと仲が良かったからだ。しかし生徒会の陰謀で彼らは人気の絶頂から失落、その時に何もできずに、倒れて行く彼らに守られていたのが累だった。それを累のプライドが許すはずもなく、彼はひどく気を病んで、それから、倒れた。
そんな累をみて、同じように兄達に守られた一つ下の学年の夏目が魔法をかけた。
全てを忘れるように。
全て忘れて幸せになるように。

「私の幸せを勝手に決めるなんて許さないわ」

それは本当に累の幸せだったのだろうか。
それは否だ。
今の累を見ていればわかる。
涙を流しているのに、幸せそうに笑っている。
彼らが大好きだと、いつもだったら素直に出てこない言葉がするりと出てきた。

昔と変わらないライブを披露する彼の姿に心底安心した。
一人欠けてしまった彼らは悲しみを乗り越えて、また新しくはじめている。

私も、負けてはいられない。

ぱちり、と彼と目があった。それから彼がとても満足そうな笑みを浮かべているのが見えた。



20181017
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