突然一羽の白い鳩が累のそばに飛んできた。その鳩はくるくると旋回し続ける。どこか止まるところでも探しているのかと累が手を差し出すと待っていたとばかりにその手に鳩が止まった。

「Amazing!!」
「きゃあっ」

思わず悲鳴をあげるほど驚いた。それに驚いた鳩は累の手から飛び立って、そして急に湧いて出てきたそれに止まった。
それからそれは手から手品のように花を出し笑う。

「まるで童話に出てくるお姫様のような情景でしたよ」

そうすると、姫に向かい花を差し出す彼は童話に出てくる王子に当たるだろうか。
童話に出てくるお姫様なら花を差し出されたならば、頬をぽっと染めて喜ぶのだろうが、累はそうもいかなかった。
累は突然沸いて出た男をとても警戒し、驚かされたことに腹を立てていた。

「急に出てきて何よ。この鳩あんたの?」
「この花を差し上げましょう☆ほらまさにお姫様のよう!」
「会話をしてくれないかしら」

現在、累の機嫌が悪いことは、累をよく知らない人でも一目見ればわかるはず。
しかし男はそれを諸共せず、手にした花を累の髪に飾った。不快に思った累だったが、花に罪はないのでそのままにしておく。
男は満足そうに微笑んでいた。

「というかあんた誰なの?」
「あなたの日々樹渉です!」
「はあ?」

一向に会話にならない相手に苛立ちばかりが増していく。
これを相手にしてはいけないと累の第六感が告げた、そのときだ。

「いたーーーっ!お前、演劇部の部室に呼んでおきながらなんでこんなところにいるんだよ!」

はあはあと息を荒らげながら現れた少年が、男を指差して叫んだ。

累は彼に見覚えがあった。
記憶の片隅をつつくようにして、彼がなずなの後輩であることを思い出す。覚えが悪いのはいつものことだ。

それより彼の口から出た言葉が気になった。
演劇部。
少し前に聞いた単語であった。

中庭であった男に言われた場所に噴水と、図書室と、そして演劇部の部室があった。

「あっえっと、にーちゃんのお友達の先輩ですよね、こんにちは。俺のこと覚えてますか?」
「こんにちは。覚えているわよ。名前は忘れたけど。ねえ、聞きたいんだけど、こいつもあなたも演劇部なの?」
「ええ、時には悲劇の主人公、時には勇敢な勇者、時には儚く可憐な乙女…などどんなものも演じられますよ!」
「あんたには聞いてないんだけど…」

累は確実に少年の方を見て質問したはずだったのだが、帰ってきたのはうるさい返事だった。

「演劇部ってこんなのしかいないわけ?」
「ちょっ、北斗先輩をこんなのと一緒にしないでください!!!いや俺も一緒にされても困りますけど!?」

全力で否定する少年。それほど、彼は男に苦労させられているのだろう。

しかし、彼らが演劇部だとすれば、先日助けを求めろと言われたことに疑問を感じる。
まさか、この男に助けを求めろと言うのだろうか。それとも少年に?一年生の彼に助けを求めるなんてしたくない。

「…演劇部に赤髪の人っているかしら」
「いや、いませんね」
「そ、じゃあいいわ」

もしかしたら、そう思って聞いた質問は否と返ってきた。それもそうだ、先日の男が累の夢の話を知っているわけもない。
未だに見続ける夢は何を示しているのか。それを知るためにも、累は赤髪の男を探していた。だから、もしかしたら、演劇部にいるのかもしれないと思ってしまったのだ。

そういえば急にあの男が静かになった。
姿が見えず、なんとなく嫌な予感がした。
そしてそれは当たってしまった。

急に感じた浮遊感に驚いていると、視界は青空と…それからあの男を写した。

「そんなに気になるなら演劇部にご招待しましょう!」
「ちょっと、降ろしなさい!」

気がつくと、男にお姫様抱っこをされていた。

「何やってんだよ!他人に迷惑かけんなって!」

少年が急いで引き剥がしにかかる。それを男は累を抱えたままひらりと避けた。

累は、男の腕の中で揺られながら、どうしてか、懐かしいと感じていた。
初めてあったはず、そんな男に姫抱きで運ばれて、普段の累なら不快感を示すはず。
だのに、なぜか、このぬくもりも、浮遊感も知っているのだ。
そして、彼が満足するまで降ろしてくれないような、そんな気がした。

しばらく攻防を広げて、少年が力尽きた頃、男は立ち止まった。

「もう、根性がないですねえ、友也くんは」
「そう、いう、問題じゃ、ないだろ!!!」
「はあ…終わった?そろそろ降ろしてもらえる?」
「おや、残念です…」

彼はようやく累のことを降ろしてくれた。

「ねえ、」
「はい、なんでしょう!」
「私たち、会ったことあるかしら」

累の質問に男はにこりと笑う。

「それは貴方が知っているのでは?」
「…そうよね、初めて会ったわ」
「ええ、でも私はいつでも貴方の力になりますよ!貴方の日々樹渉ですから!貴方は信じた道を行けばいいのですよ」

彼はそう言って走ったことによりずれてしまった累の頭に飾られた花を綺麗に直した。

「さて、友也くん!」

彼はそれから急にぐるりと振り向くと、後ろの少年に声をかける。

「そろそろ行きますよ!」
「ぐえ、制服を引っ張るな!伸びるだろ!」

そのまま通り過ぎざまに彼の制服の襟を掴んで引きずるようにして連れて行く。

まるで嵐の後の静けさと言うように、とても静かになった。

「私の信じた道を行けばいい」

先程男に言われた言葉。
言われなくてもわかっている。だけどなぜかとても心が温かくなった。


20181024
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