授業開始のチャイムが学院に響く。それを累は中庭のベンチで聞いていた。ここ数日累の授業出席率は悪かった。それをとやかく言う教師はこの学院の特色上いないのだが、今まで真面目に授業に出ていた累にしては珍しいことである。

発端は先日のS1、あの学院中が歓喜に包まれた、奇跡の大革命、Trickstarの勝利を見てからだ。
どうしてか、胸の中に残ったもやもやが消えない。
そんな累が心配なのか、よく薫が様子を見にきてとなりに座っているのだが、今日はまだ累の前に現れておらず、一人、雲ひとつない青空を見上げていた。

「こんにちは〜」

ゆっくりと一言一言丁寧に発された話し方で累は声をかけられた。おもむろに累が視線を向けると、にこにこと笑顔を浮かべた水色の髪の男がこちらを見ている。

「おとなり いいですか〜?」
「ああ、ここが使いたいならいいわよ。どくから」
「いいえ〜。あなたとおはなししたくてきたんですよ〜」

目の前の男にそう言われて、累は浮かせた腰を下ろした。少し考えてこの男が知り合いかどうか考えたが、覚えはない。話したいと思われる理由はないはずだが。

「会ったこと、あったかしら?」
「いえ〜さいきんずっとここにいるでしょう?だからきになって〜」
「別にいいわよ、放っておいてもらって。なんでもないし」

累がそういうと、彼は困ったように眉を下げる。
彼はとても悲しそうだった。

「たにんにはなすことで、らくになることもありますよ〜」

彼はそういうと、累の隣に腰かけた。
続けて、

「あなたはいつもひとりでがんばりすぎですから〜」

そう言った。

「まるで私のことをよく分かっているような物言いね」
「ふかいにさせたならあやまります。でもしんぱいしている ということは わかってほしいです」
「心配される筋合いなんてないわ」
「あなたはそうかもしれないけれど ぼくはしんぱいなんです」

どうして見ず知らずの自分をここまで心配するのか、累には分からなかった。
ただ、彼と話していたら、少しだけ気が楽になったというか。
誰かと話すことが少しだけ累の曇り空に光をもたらした気がした。

「どうして、私を知っていたの」
「ずっとまえから みていましたから〜」
「そう、まあこれでもたくさんのファンがいたもの、知っていてもおかしくはないわよね」
「ひさしぶりに ききたいです〜」
「私の歌?」
「ええ、あなたのうたを〜」

彼のリクエストに累はゆっくりと息を吸って、それから自分の一番好きな曲を口ずさんだ。

待ってるから、迎えに来て、私の王子様。

「…この曲ね、誰の曲かわからないの。ネットで検索しても、どこを探しても何も出てこなくて。でもなぜか歌えるの」
「…ひさしぶりに あなたのうたがきけて よかった」

そう言った彼の顔は、微笑みをたたえているはずなのに、とてもとても悲しそうで、それを見て、累は胸が締め付けられた。

「おはよ〜累〜…って奏汰くん!?」

そこに現れたのは薫だった。いつもの通り、累の様子を見にきたのであろう彼は、累の隣に座る彼を見てとても驚いた顔をする。名前を知っているところを見て、知り合いなのだろう。

「かおるもきたので ぼくはおいとましますね」
「そ、」
「もしまたなやんだときは"ふんすい"にきてください〜。ぼくはそこでまってます。それか"としょしつ"か"えんげきぶのぶしつ"でもいいですよ〜。きっとあなたをたすけてくれます」
「ちょ、奏汰くん!?」

彼は最後にそう告げて未だに混乱している薫の横を通り過ぎながら累の元から去った。
図書室、演劇部の部室。どれも累に関係のある場所ではなかった。そこにいる人物に心当たりもない。

「えっ…なんの話をしてたの?」

ようやく少し落ち着きを取り戻した薫は先ほどまで彼がいた位置に座った。

「何という話はしていないけれど。彼と知り合いなの?」
「海洋生物部つながりだよ」
「もしかして部長の?」
「あれ、話したことあったっけ俺」
「いや、神崎からよく聞くから」
「いつのまにか仲良くなってる…」

自分のあずかり知らぬところで仲良くなっていた累と颯馬にまた驚く薫。
今日の薫は驚いてばかりだ。

「なんだか、歌いたくなってきたわ」
「どうしたの急に」
「立ち止まるなんて私らしくないじゃない?」

ね?と微笑んだ累はいつもの自信に満ち足りた笑顔を浮かべていた。
また歌を聞きたい。そう言ってくれる人がいる限り歌わなければ、そう思ったのだ。

「レッスン付き合ってよ」

そう言って薫の手を引く自分勝手な累に、

「仕方ないなあ」

そう言って薫は心底安心したような表情を浮かべた。



20181011
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