累は前の席の生クリームたっぷりのパンケーキが消えていくのを横目に、自分のカップに注がれているコーヒーをすすった。机には運ばれて来た時のままのミルクと砂糖が鎮座しており、黙々と消えていくのは向かいの席の皿に乗っているパンケーキだけだった。

「そういや今度俺、S1にでるんだ」

目の前のパンケーキを幸せそうに咀嚼していた薫は話を切り出した。

「は?急じゃない?」
「いやあ転校生ちゃんのためにも頑張らないといけなくて」

転校生、とは。累は少しだけ考えて、2年生にプロデュース科のお試しとして一人女子生徒が入ってきていたことを思い出した。すぐに思い出せないことに関してはもう何もいうまい。
へらりと笑う薫に累は心底冷たい目を向けた。相変わらず動機が不純である。

「それなのにこんなところで油売ってていいわけ?」
「どうせ俺たちのユニットの練習は夜からだし」
「なんでそんな遅い時間に」
「あー…ほら、朔間さんていたじゃん?あの人が夜行性だからさ」
「ああ、あのいけ好かないやつ」

するりと返ってきた反応に薫は驚いた。もちろん薫も知っている。累が興味のあること以外はすぐに忘れることを。

「え、珍しい。累、ちゃんと覚えてるの?」
「…まあ自覚があるから怒らないであげるわ」

ほんの少し机の下の足が出かけたが、すんでのところで止まった。

「なんか、嫌なのよね」
「…そっか」

薫はおかしそうに眉をへにゃりと曲げて笑った。
なぜ笑われるのか累には皆目見当もつかない。累は今度こそ足を蹴ってやった。

「このあと練習あるってこと?」
「そ。まあ戻るかは迷ってるけど」
「あんたまたそうやって…。たまにでいいから練習でさないよ。他のメンバーにも迷惑かかるでしょう?個人競技じゃないんだから」

はあとため息をつく累。薫がこういうやつだというのは知っているが、これではあまりにもユニットメンバーがかわいそうだと思った。
これは親友のよしみでしっかりと彼を学校へ連れ帰ってやろう。そう累は決意した。
目の前の薫はそれに気づかずパンケーキに舌鼓を打っていた。





「え〜ほんとに行くの?」

はあとため息をつきながら薫は累の後をついてきていた。
そんな二人は夢ノ咲学院の前まで来ていた。いや、戻って来たといのが正しいだろうか。薫はここまで来ておいて未だに文句を言っていて、隙を見せた瞬間に逃亡しそうである。

「あのねえ…」

あまりにも行く気がない薫にしびれを切らした累が、アイドルとしての自覚はないのかと説教をしようとした時だった、

「ちぇすとー…!」

ぶんと目の前を通る刃物に薫も累も静止する。
ちょうど二人の間を切るように通ったのは刀で、つーっと視線で辿って行くと、夢ノ咲の制服を着た生徒が見えた。

「貴様はまた女人をたぶらかしおって!」

彼は刃物を突きつけながら彼は薫を睨みつける。どうやら薫の知り合いであるようだ。

「ちょっとやめてよ颯馬くん、今日は違うから!」
「嘘をつけ!」

薫に颯馬と呼ばれた彼は薫の部活の後輩である…が、見てわかるとおりに彼は薫の後を毛嫌いしており、先輩だというのに容赦なく刀を突きつけていた。
薫が女の子と遊んでいることを知っている颯馬は今回もそうだろうと思い刀を突きつけたようだった。しかし残念ながら、今日薫の隣にいるのは累。歴とした男である。

「いやいやほんと。累、これでも男だから」

颯馬に薫がそう告げると、彼は首を傾げながら累を見る。

「男?」
「ええ、そうよ。正真正銘の男」
「男であるのにその格好であるか?」
「そう。何か文句でもある?」

彼はぽかんと少しほうけていた。なんとか咀嚼しようと首を何度かかしげ、ようやく理解したのか、

「そうであるか…」

と、とりあえず刀を鞘へと戻していった。

「うむ、それは済まなかった」
「いや、いいわ。初めて会うからそう思うのも訳ないし、薫にナンパされたこともあるくらいだしね」
「うっわ、やめてよその話」
「貴殿もか!我も同じようなことがあった」
「は?それ本当?見境なさすぎなんだけど」
「ほんとやめて、ちょっとなんで俺こんなに責められてるの!?」

そりゃあ責められるだけのことをしているからなのだが、二人からの冷たい目線に、薫はげんなりした顔をした。

「今日だって女の子に断られたからって私が連れ出されたのよ。そういえば名前を教えてなかったわね。広瀬累。まあ一応薫の友達ね」
「一応って」
「失礼した、我は神崎颯馬。あやつと同じ部活に所属しておる」
「なんだっけ、海洋生物部?」
「そうである。海洋生物部では様々な生き物と触れ合えてとても興味深い。ぜひ、広瀬殿も一度来られては如何であろうか!あの助平はどうでもいいが、部長殿もお喜びになられると思う」
「二人して俺の扱いひどいよ!?俺帰っていい!?」

自分を無視して弾む二人の話に、薫は一人こうべを垂れて大きくため息をついた。



20180921
名前変換対応していなかったのを直しました
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