彼は夢を見る。
その夢は日に日に鮮明になる。
赤色はいつしか白色が混ざって、風に舞うさらりとした髪に。

Good night.

その声は誰のもの。
彼は誰だ。




時はお昼休み。累は食堂にて薫とともに食事をとり、教室へと戻るところだった。薫はというと、またもや午後の授業をサボるとお昼を終えてすぐに消えていった。いつものことなので、今更気にすることはない。

特になにを考えていたわけでもなく、歩いていた。

その時だった。

視界に赤色を捉えた。

その赤色は風になびく生徒の髪で、累はなぜか、どうしても、その赤色から目が離せなかった。

急に頭の中で夢の内容がフラッシュバックした。
最後のシーンが急にクリアになる。

見つけた、あの、夢の。

累の体は無意識に人の波をぬって彼を追いかける。

赤色の彼は人の波に溶けるように消えてしまう。それでも累は必死に探した。
ここで逃したら二度と会えない気がしたから。彼に会わなきゃいけないとただ漠然と思った。それがなぜかわからない。

累には何もわからない。

そして、ようやく視界に赤色を捉えた。
累は彼の肩を掴む。

「ねえ!」
「What's!?」

累に掴まれたことで彼は振り向いた。

「違う、」
「な、なんでしょう?」

累に肩を掴まれた彼は何事かと目をまん丸にして累を見る。
確かに彼は赤色の髪色であった。しかしそれは累の探していた赤色ではない。はっきりと思い出した夢の中の赤色の後ろ姿は、今目の前にいる彼とは違うとわかった。なぜかと言われると、なんとなく、としか言いようがないのだが。

「ごめん、人違いだったわ」
「そうですか。それはそうと、先日は申し訳ありませんでした、広瀬先輩」

彼は育ちの良さが伺えるような綺麗なお辞儀をした。
累は彼に名を呼ばれて少しだけ驚く。名を教えた記憶もないし、まず、彼と会った記憶がなかった。と、いうよりすっぽり消え去っていたというのが正しい。それは累の悪いところ、とも言える興味がないものを覚えようとしない事に起因する。今回もまた然り、なのだ。

「私は朱桜司と申します。先輩方に広瀬先輩のことをお聞きしました。先日の私は失礼な物言いをしてしまったようで申し訳ありません」

司と名乗る少年の言葉に累は頭の片隅にある記憶を思い出してきた。こないだのこと、というと彼が累のことを女だと頑なに言い張ったときのことだ。
あの時は彼ではなく、赤い瞳の男に苛立って八つ当たりまがいなことをしてしまった。
累はここに来て初めて司を認識して、ネクタイの色から一年生だという事に気がつく。八つ当たりのように下級生に当たったのは上級生として恥ずかしいことをしたと累は思った。

「あの時は私も酷い言い方をしたわ。お互い様ってことにしましょう」

素直に累は謝る。これを見た累と仲良い同級生は驚くだろう。しかし累だって謝ることもある。そんな反応をした暁には累の華麗な足蹴りがお見舞いされていたことだろう。

「ところで、人を探していたようですがよろしいのですか?」
「大丈夫よ、別に、」
「そうは見えませんでした…。困っているLadyを放っておくことはできません!私で良ければお手伝いいたしますよ」

司は善意でそう言ったのだろう。しかしそれに累は難色を示した。どうしても、女性、という言葉に引っかかってしまったからだ。
彼は累のことを理解したとはいえ、本質まで理解はできなかったようだ。たしかに人とは違う感性をしている自覚は累にあった。それでも認めてくれる仲間がいたし、いなかったとしてもそれを曲げるつもりはなかった。だから理解されないことに別に文句はないのだけれども、嫌なものは嫌と思ってしまうのが累だ。

「あのねえ、」

そのあとにいつもの通り、女の子扱いするなという言葉を続けようとしたときだった。

「か〜さ〜くん?」

ねっとりとした独特の声が後ろから聞こえる。それは累の前にいる司を呼んだ声で、司はその声に、

「おや、瀬名先輩、こんにちは」

と言葉を返した。

「こんなところで何してんの?珍しい組み合わせじゃん」

累は司の声で、ああ、そうそう瀬名だったと彼の名前をようやっと思い出す。忘れていたわけではないけれど、久しぶりに見たせいですぐに名前が出てこなかったのだ。
彼はKnightsのメンバーの一人。覚えている。去年累が入院する前に、Knightsのリーダーとそれから彼とで必死に守っていた。

それで、そのあと…そのあとは?

累には分からなかった。

噂で聞いた。Knightsのリーダーが不在だと。
何か、何か知らないことがある…?

入院していたから知らなくても仕方ないかもしれない。
けれど何かが累の中で引っかかった。
まるであの夢を見ているように、記憶に靄がかかる。

「ねえ、」
「かさくんが迷惑かけたみたいだねえ。コイツにはちゃあんと言い聞かせておくから心配しなくていいよ」

累の言葉を塞ぐように瀬名は話し始めた。

「かさくんちょっと話があるんだけどいい?」
「あ、ちょっと、瀬名先輩引っ張らないでいただけますか!質問をしておきながらほぼ強制ではないですか!」

彼は司の首根っこを掴むとずるずると引きずるようにして連れて行く。
そこに残されたのは累一人。それはもう不機嫌になった累がそこにいた。



20180911
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