累が名前を呼ばれて顔を向けると、そこにはぴょこりと扉から顔を出す金髪がいた。
彼は隣のクラスの仁兎なずなである。
「前に渡した放送部のアンケート、もし書いてたら欲しいんだけど」
「ああ、そういえばもらったわね」
そう言って累は自身の鞄に手を伸ばす。
興味のないことは忘れる累だが、今回は珍しく覚えていたのだ。
なずなに話しかけられたのは、先日放送部のアンケートを渡された時が初めてだ。
上級生にしては身長が低く、女の子のような顔をしているなというのが第一印象だ。緊張しているのか、噛みながらも一生懸命に話す彼を、可愛い、そう思った累は素直に彼の話を聞き入れ、アンケートを受け取った。
他人に冷たい累にしてはとても珍しいことである。
累は鞄から記入済みのアンケートを取り出すと、なずなへと渡す。
「はあ、助かる。うちのクラスなんてほとんど出さないからな」
「そうなの?」
「…累ちんは知らないよな」
「まあ、クラスが違うし」
「そ、そうらよな。うん、あ、アンケートありらと!」
「噛みすぎじゃない?」
累はくすくすと笑いながらなずなの頭に手を伸ばした。それからふわりと撫ぜる。
それになずなは驚いてピシリと固まった。
「え、あ、」
「あ、ごめんなさい。なんとなく、撫でたくなっちゃって。気を悪くした?」
「い、いや」
くしゃりと顔を歪めるなずな。
やはり気を悪くさせてしまったかと再度累が謝ろうとした時だ、
「あ〜!にーちゃんなでなでされてるんだぜ〜!俺も撫でて欲しいんだぜ〜!」
教室に元気な声が響いたと思ったら、累の目の前に元気な茶髪の少年が飛び込んできた。
彼はなずなを巻き込んで累に飛びついてくる。
さすがに二人分の体重を支えきれなかった累はそのままの勢いで教室に倒れこんだ。
幸い、教室の後ろのスペースで、何もない床にたおれこめたからよかったものの、とても危険だ。
それを理解しているのか、突っ込んできたしまった本人はやってしまったと言わんばかりに不安げな表情を浮かべていた。
「おい!光!走るなってあれほど言っただろ!」
「はわわ、に〜ちゃんたち大丈夫ですか?」
飛び出してきた彼と一緒に来たのであろう、二人の少年が駆け寄って累たちを心配する言葉をかける。
三人とも自力で立ち上がることができていた。
どうやら怪我はないようだ。
「に〜ちゃん、ね〜ちゃんもごめんなんだぜ〜」
「ちゃんと謝れるのはいいことね。でもこれからは気をつけなさい。特に教室は危ないから絶対に走ったらだめよ」
しゅんとして謝る少年に累は静かに諭した。
反省しているところをさらに怒るというようなことは必要ないだろう。
それに、下級生であるということが累にとって怒りのストッパーになっていた。
これが上級生であったら、怒るだけでは済まない。蛇足であるが、実際そういうことをする奴がいるので、この少年にはそうはなってほしくないと累は思った。
「ところでね〜ちゃんは誰なんだぜ?」
「に〜ちゃんの友達だ。累ちんはソロでユニット活動してるんだぞ。あ、こう見えても男だからな」
「男の人なんですか?!」
なずなの紹介に水色の髪の少年が驚いてみせる。そんな少年もかなり中性的な見た目をしているが、累と比べると断然男の子らしい。
「あ、累ちん、こっちは俺のユニットメンバーの一年生。飛びついてきたのか光ちん。こっちが創ちんでそっちが友ちん」
「光なんだぜ!ね〜ちゃんよろしく!」
「紫之創と申します。僕、昔、広瀬先輩のライブ見たことありますけどすごかったのを覚えてます!」
「ふふ、ありがとう」
「どうして女の人がいるんろうと思っていたんですけど…男の人だったんですね…でもとってもお似合いです!」
褒められて悪い気はしない累はようやく表情を緩めた。女の子扱いされるのは嫌いだが、容姿を褒められるのは嬉しいのだ。
「真白友也です。さっきは光がすみません」
最後に友也が挨拶する。
一応自己紹介はされたが、累がその名前を覚えたかと言われると微妙なところだ。
「一年生でまだまだひよっこだけど頑張ってるから目をかけてやってくれると嬉しい!」
「ええ、覚えとくわ」
信頼ならない言葉だ。
「うん、よろしく。ところでお前らなんで三年生の教室に来たんだ?用事でもあったのか?」
「あ、そうです!こないだ光が頼んじゃった衣装ができたって言ってたじゃないですか。早く見たいって言うので見せてもらえないかなってに〜ちゃんのところに来たんです」
「ああ、そう言うことか。そうだよな、ユニット衣装だし早く見たいよな。教室にあるからそっちに行こう!」
なずなの言葉に一年生たちは嬉しそうに笑った。
「あ、アンケートありがとな!」
最後にそう言ってひらりと手を振って一年生を引き連れて行くなずなに、累は手を振り返した。
20180828