作戦が決まってから数日後、ヴィルとクルーウェルの二人の教師のもと、ポムフィオーレ寮のボールルームにて厳しいレッスンが連日続けられていた。

監視役のミーシャ、そしてまとめ役のユウはファッションショーに出るわけではないので部屋の中にあるソファーに座ってその練習風景を見ていた。
練習は前途多難であった。カリムとジャミルも普通の人よりは上手く踊れているが、それだけでは足りない。レオナに至ってはやる気すら感じられない状態だった。

「うーん、私からしたら完璧なんだけどなあ」

隣で監督生が独りごちる。確かに普通の人のくくりに入るであろう監督生から見たら申し分のないものであろう。やる気のないレオナは別として。
しかし美意識の高いヴィルらからしたら及第点でしかない。
そしてミーシャからしても物足りないと感じていた。
お尻を叩かれているレオナを見ているのはとても楽しいが、計画を成功させるために自分も人肌脱いでやろうという気になってきたミーシャは席を立つ。

「ヴィル先輩、少し休憩がてら私に任せてもらえませんか?」
「あら、ミーシャ。私のやり方に何か問題があるのかしら?」

ヴィルとミーシャの仲は悪からず良からずの関係だ。ヴィルの方はミーシャがクラゲでありクラゲ毒に興味を持っていることやミーシャの美意識の高さなどにポムフィオーレ寮へと勧誘するくらいには気に入っていたりする。
しかし当のミーシャは全く転寮するつもりもなければほんの少し対抗意識を持っているようであまり好意的ではないようだった。

「いえ、少しお手伝いさせていただくだけです。それにヴィル先輩もお疲れでしょう?私、疲労したヴィル先輩なんて見たくないです」
「……ええ、そうね。確かにそんなの私には似合わないわ。化粧直しもしたかったところだし、一度あなたに任せるわね」

あくまでもヴィルのためと言わんばかりにミーシャは言葉を並べた。
それに納得したヴィルはいとも簡単に教鞭をミーシャへと受け渡す。

「さあ、それでは私から皆様に少しだけアドバイスを致しますね」

ミーシャはレオナたちに向き直ると自慢の笑顔を浮かべた。

しかしヴィルがいなくなった途端尻を叩かれることから解放されたレオナはその場に座り込んでいた。もはや一ミリのやる気もないようだ。
そんなレオナにミーシャはツカツカと近づいていく。

「あ?なんだよ」
「皆様に足りないものがあるとすればそれは豊かな表情だと思います。お祭りなんですもの、楽しまないと」

ミーシャは両の手でレオナの頬をぐいっとあげた。無理やり作られた笑顔は何をするんだと言わんばかりの鋭い目つきに不似合いだった。
ユウはその顔を直視してしまい思わず吹き出す。あのレオナの笑顔なんてそう滅多に見れるものじゃない。だからと言ってレオナの顔を見て吹き出すなんてよほどの肝が座った者でないとできないだろう。まあ、ユウはオンボロ寮を追い出された時にレオナの部屋に泊まるくらいには度胸があるのでそれくらいは簡単にできてしまう。ミーシャはそんなユウのことが大好きであった。
今回も後ろで彼女が吹き出す音を聞いてさらに彼女への気持ちが高まった。
ミーシャはとても上機嫌になる。

それに対してレオナは眉をピクピクと動かして苛立ちが爆発する寸前であったが、ミーシャはそうなる前にレオナの顔から手を離してくるりと振り返り、他の人たちに視線を向けた。

「頬をあげるマッサージをしましょう。休憩の最中で構いませんので続けていれば少しは笑顔を浮かべやすくなると思いますよ」
「こんな感じか?」
「それでいいわ。ああでもファッションショーだから笑顔を浮かべすぎてもだめよ。カリムくんはその点を注意しなきゃね」
「わかった!」

素直なカリムはミーシャの言う通り頬を上げ下げしてマッサージをする。いつも爽やかな笑顔を浮かべているカリムには不要ではあるが、本人が楽しくやっているなら問題はないだろう。
それよりもだ。

ミーシャはとある人物に近づいていく。

「ジャミルくん、あなたもよ。最近は表情が豊かになった気がするけれど、もっといい顔できるはず」

レオナにしたように両の手の人差し指で無理やりジャミルの頬をあげた。

「さあ、笑いましょう」

ミーシャの満面の笑みを目の前にジャミルは少し後ずさってしまった。
数々の面倒を片付けてきた苦労性のジャミルにはミーシャが腹の中ではロクでもないことを考えるようなタイプだと勘付いていた。同じオクタヴィネルでもアズールやジェイド、フロイドは悪いことを考えていることが分かり易い。それに比べてミーシャは決して表に出したりしない。だからこそその笑顔の裏に何か良からぬことを思い浮かべているのではないかと身構えてしまうのだ。

ミーシャの機嫌を損ねることは避けたいジャミルは苦笑いになりつつもミーシャに持ち上げられた頬の通りに笑みを浮かべる。

「まあ、いい笑顔」

スッと細められたミーシャの瞳にジャミルは彼に苦手意識を待っていることを勘づかれているような気がしてさらに笑顔を引きつらせた。

「おい、ミーシャ」

そうしているとレオナがミーシャのことを呼んだ。未だにどかりと座り込んだレオナはたしたしと尻尾で地面を叩いており、そこから苛立ちが見られる。
そしてその視線の先にはジャミルがいた。

「近すぎだ」
「まあ、確かにそうですね。ごめんなさいね、ジャミルくん」
「ああ、いや、別に」

これは考えすぎかもしれないが。
ミーシャはわざと自分に近付いたのではないかとジャミルは思った。自分がミーシャのことを腹黒いやつだと思っていることに気付いて、レオナの苛立ちの的になるようにわざと近付いたのではと。さすがにそれは深読みのしすぎかとは思うが、ミーシャの笑顔からは彼の心根が見えない。
もしかしたらそうなのかもしれないし、そうではないかもしれない。

だんだん疑心暗鬼になってきたジャミルは、とにかくミーシャには気をつけようと改めて心に決めるのであった。



20200625


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