ピッシャーンッと派手な音にラギーは耳をぷるりと震わせた。ハイエナのラギーは人より何倍か耳がいい。まるで雷が落ちたような音に驚いて、何が起きたかある程度予想はしながらその出所を探した。

「うわ〜派手にやられてますね〜」

苦笑いしながらラギーが視線を向けた先には、顔に笑みを貼り付けているミーシャと、それに見下ろされている正座をしたフロイドがいた。正座するフロイドは不自然にボロボロな格好で、その体からはまるで雷に打たれたようにプスプスと黒い煙が上がっていた。

「珍しいな!ミーシャが怒ってる!」

楽しいものを見つけたとばかりにキラキラとした瞳をしているのはたまたま通りがかったカリムだ。いつも一緒であるジャミルの姿はない。おそらく今頃必死になって探しているだろうことが想像できた。

「一体フロイドくんは何をしたんスかね〜。ちょっとやそっとじゃ怒らないッスよミーシャくんは」
「俺も一回しか怒らせたことないな」
「えっ、逆に怒らせたことあるんスか?」

ラギーはカリムの発言に驚いた。彼の発言通り、ラギーはミーシャが怒っているところなんてほとんど見たことがない。いつもおおらかに笑っているイメージしかなかったのだ。

「あれは、ここに入学したばかりの頃なんだけどな、」

カリムは懐かしそうにその時の話を語り出した。




それは一年前、彼らが入学したばかりの頃である。その頃からミーシャはとても目立っていた。それもそうだ、男子しかいないナイトレイブンカレッジで、その容姿が目立たないわけがない。誰しが彼に興味津々であった。それは今回の話の主人公であるカリムもそうだ。入学式で一目見た時から一体どんなやつなのだろうとカリムの好奇心を刺激して仕方がなかった。ミカエル・フルオレセンという名前でミーシャと呼ばれている。オクタヴィネル寮でよく友人である3人の男たちに囲まれている、というのが当初カリムが知りうる情報だった。
そんな彼とカリム出会ったのは入学してから1週間後のことだ。

ミーシャのそばにいつもいる3人がたまたま席を外しているところにカリムは遭遇した。今なら声をかけられるかもしれない。カリムは思い立ったら即行動の言葉通りに彼に近づいていった。
カリムの行動はいつも急なので、側にいるジャミルが毎度対応できるとは限らない。今回も気づいた時には自分の視界からカリムは消えており、ミーシャへと声をかける寸前であった。何も怒らなければジャミルがカリムを止める理由はないが、どうしてか毎度カリムは厄介ごとを持ってくる。ジャミルの胃は痛くなるばかりだ。

「なあ、あんたがオクタヴィネルのミカエル・フルオレセンであってるか?」

カリムがミーシャに声をかけると、彼はこてんと首を傾げてみせた。

「ええ、それは私のことで間違いありません。申し訳ないのだけれどあなたのことを存じ上げなくて。お知り合いだったかしら?」
「ああ、急に話しかけて悪い!俺はスカラビア寮のカリム・アルアジーム。同じ学年で、入学式にミカエルを見てからずっと気になってたんだ!」

馴れ馴れしく話しかけ、挙げ句の果てにファーストネームで呼ばれたことに少し目を細めたミーシャだったが、カリムはその様子に気づいてはいないようだった。

「同じ学年なら今後もなにかとお世話になるかもしれないわね。ご存知かもしれないけれど私の名前はミカエル・フルオレセン。ミーシャって呼んでね」
「カリム!急に居なくなるな!せめて一声かけてから行け!」

ようやく追いついたジャミルが焦ったようにカリムの肩を引く。カリムの目の前にいる人物がミーシャであることに気がついて、主人が急に居なくなった理由も見当がついたようだった。ミーシャの様子をぱっと見てカリムが彼に対して何もやらかしていないことに安堵して、息を吐いた。
笑顔を浮かべているミーシャを見ただけでは、実はもうやらかしていることにジャミルは気づけない。

「失礼、挨拶が先だな。俺はジャミル・バイパー。カリムと同じ寮で同じ学年だ。何かあったらよろしく頼む」
「ミカエル・フルオレセンよ。ミーシャと呼んで。こちらこそよろしくね」

ミーシャはジャミルの挨拶ににこりと微笑んで返した。
これでカリムを連れて帰ればミッションはコンプリートだ。下手に他人に迷惑をかける前に寮へと戻ってしまいたい。ジャミルはカリムの肩にかけた手を離して、代わりに彼の腕を掴もうとした。

しかしそれは失敗に終わった。

「ミカエルってすごいよな!男なのにスカート似合うの!」

カリムの手はあろうことかひらりとミーシャのスカートの裾を掴んで引き上げていた。
一瞬にして場の空気が凍る。ジャミルはこれでもかと目を見開き、ミーシャは依然として笑顔を浮かべていた。

「カリムッ!」

ジャミルは慌ててカリムの手をミーシャのスカートから外そうと手を伸ばした。

しかし嫌な気配を感じてすぐにカリムの腕を取ると、後ろに引っ張る。

次の瞬間だ。

「怒れる触手」

にこりと笑ったミーシャの顔が見えたと思ったらピッシャーンと派手な音とともに目の前が盛大に光った。光は一瞬でおさまったものの、ちょうどカリムが居た位置からもくもくと黒い煙が出ていた。
黒い煙の後ろから見えるミーシャの笑顔。その細められた瞼の間から見える瞳は深海のような冷たさで、彼の手に握られたマジカルペンがきらりと光る。

美人を怒らせると怖いとはいうが、それに加えて笑顔を崩さないところが余計に恐怖を感じさせる。

「まあ、ごめんなさい。思ったより魔力を込め過ぎちゃったみたい。私もまだまだね」

故意に狙ったことは謝らないのかと一瞬よぎったジャミルだったが、そんなことより先に謝るべきだろうと、カリムの頭を掴んで下げさせながら、自分も頭を下げる。

「すまない、カリムが失礼なことをした!」
「わ、悪い!男だとしても捲るのはまずかったな!」

カリムも謝らなければいけないという気配を察したのか、焦ったように謝罪の言葉をかける。

「今後は気をつけたほうがいいと思うわ。ああ、それと私のことはミーシャと呼んでね」

にこりと微笑むミーシャ。カリムとジャミルにはその笑顔が何故か恐ろしく見えた。





「ってことがあってさ」
「いやあ、それはカリムくんが悪いっスね。横暴なレオナさんでもそんなことしないスよ?」

ラギーの言う通り、レオナはああ見えて女性には優しい。一応ミーシャのことも女性として扱っているのか、他の生徒よりは丁寧な扱いである。もしかしたら単に気に入っているだけかもしれないが。

「男がスカートなんて珍しかったからな〜。でもジャミルも髪が長いし案外似合うかもな!」
「それジャミルくんには言わない方がいいっすよ。というか、その法則で言ったらレオナさんだってスカートが似合うことになっちゃいますって」
「確かにな」

けろりと笑うカリム。ラギーはスカートを履くレオナを少し想像してしまって、げえと舌を出して見せた。

二人が談笑していると、カリムを呼ぶ声が遠くから聞こえた。

「相方が来たみたいだし俺もレオナさんの世話をしなきゃいけないんでいきますね」
「そうだな、俺もジャミルが呼んでるし行かなきゃな」

カリムと別れてレオナの元へ向かうラギーは最後にもう一度ミーシャの方を見た。相変わらず正座したフロイドと仁王立ちのミーシャがいる。
そういえば一体何でフロイドを怒らせたのだろうか。今度会った時聞いてみようかと少し考えたラギーだったが、それでミーシャの機嫌を損ねて、その怒りが自分に向いたら困る。笑顔を向けながらユニーク魔法を使うミーシャを想像してラギーはぶるりと震えた。さっき見たことは全て忘れることにしよう、そう思いながら足早にレオナの元へ向かうのだった。


20200620


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