カランコロンという音が聞こえる。
ここはナイトレイブンカレッジにあるモストロ・ラウンジというカフェ。
客の来訪を告げる鐘の音にウエイトレスとして働いているミーシャは空いた席の机を拭いていた手を止めて、客を迎えた。

「あら、また来てくれたの?嬉しいわ」

ミーシャが首を少し傾けてにこりと微笑むと、長い黄緑の髪がふわりと広がった。その笑顔を向けられた男はぽっと顔を赤らめる。まるで花が咲くような柔らかい笑みは男の心臓をたいそう心躍らせた。

「今日も大量に釣れてるねえ」

客を案内し終えたミーシャが客に出す水を取りに行く途中、ゆたりとカウンターの席に座ってそれを眺めていた男に話しかけられた。

「そんな言い方は良してフロイド。お客様に失礼よ」
「え〜、でもミーシャだって思ってるでしょ?いい鴨が連れたって」

フロイドと呼ばれた男はミーシャに後ろから抱きつく。それからある一点先をじろりと見つめた。
その先にいたのは先ほどの男性客だ。彼は案内されてからずっとミーシャのことを追っていた、つまり視線はずっとこちらへ向いていて、フロイドはまるでそれを牽制するかのように男性客を睨みつけたのだ。
フロイドは身長もあるし、目つきも鋭い。ギザギザとした歯が獰猛な海洋生物を彷彿とさせるように、多くの人が彼に恐怖を抱く。それに睨まれたものだがら、男性客は対抗することなんてするはずもなく、顔色を悪くさせながら視線を逸らすことしかできなかった。

「フロイド、離れて。邪魔よ。お仕事ができないわ」
「はあい。俺も仕事してこよ〜」

フロイドはまるで役目は終わったとばかりに大人しくミーシャから離れ、給仕へと戻っていった。
ミーシャはフロイドを見送りながらわざと先ほどの客に視線を向ける。フロイドがいなくなった今、客の視線はまたミーシャに向けられていた。それににこりと微笑んだミーシャは、フロイドによって中断された仕事へと戻っていった。


ミーシャは計算高い女……ではなく、男だった。本名をミカエル・フルオレセンという、生物学上歴とした男である。彼は男にしては可愛らしい顔立ちをしていた。計算高い彼は、それならばそれを利用してしまおうという考えに至り、立ち振る舞いや容姿を女らしくしていた。元々大らかな性格で、言葉遣いも悪くなく、いつもにこにことしていたミカエルが女らしくすることは難しくなかった。女よりも女らしい、そんな彼はその顔面を武器に男も女も虜にして……そして利用してきた。
そしてここ、ナイトレイブン・カレッジは男子校である。そこらかしこに飢えた男たちがいるわけだ。そんな彼らがミカエル……否、ミーシャを見たらどうなるだろうか。先ほどの客がいい例である。
しかしそうして愛想を振りまきすぎると危険を伴ってくる。実のところミーシャは男が嫌いだ。男は野蛮だと思っている。だから襲われる可能性があると考えているし、実際未遂もあったぐらいだ。そこで活躍するのが彼の友人である。先ほどのフロイドの牽制も、ミーシャは気づいている。気づいているがそれに対してフロイドを咎めたりはしない。それを利用しているのだから。フロイドもそれをわかっているが、ミーシャを独占できるならいくらでも盾になるつもりだ。それはフロイドだけではなく、彼の双子の片割れだったり、もう一人の友人も同じ気持ちである。

ちなみにミーシャたちは元々海の中で生活していた魚人である。フロイドはウツボの魚人であり、ミーシャはクラゲ の魚人である。

綺麗なもの、それは魅力的で手にしてみたくなるものだ。しかし手にした瞬間、甘い餌の裏に隠された危険が牙を向く。

彼は今日も美しく微笑む。



20200530


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