「待て、話せばわかる!」
「あんたの手を離したら逃げるっていうことはわかってる。でも話はわからないし分かりたくもないからぁ」

苛々を隠すことなく顔に出して泉はそう言った。

「お、うまいこと言うなセナ!さっすがセナ!今すぐこの気持ちを曲にしたい!!!」
「病院に着いてからにしなさい。全く暴れてたら治るものも治らないでしょうに」

その反対側から、呆れてため息をつきながら累はそう言った。

そんな中央に挟まれたレオは浮いていた。なぜなら左右から泉と累に挟まれて片腕ずつ取られて浮いているからだ。
先日訳あって右腕を怪我したレオはおとなしくするために入院を余儀なくされたのだが、病院は嫌いだと抜け出してきてしまったのだ。
それをやっとの思いで見つけ出して捕獲したのがこの二人だった。

「暴れないでくれない?ああもう、三毛縞でもいれば楽だったのに」

ギャーギャーと喚くレオに、静かだった頃が懐かしいと遠い目をする累。レオに出会ってからと言うもの、累の人間関係は少しだけ変わった。今までほとんど誰とも話すことのなかった累の閉じた世界はレオによってこじ開けられたのだ。レオの友人である斑を始め、泉とも話すようになった。泉に関しては性格的に合わないように見えるが、

「お前ら俺のお母さんかよ〜!」
「違うわよ!」「違うからあ!」

レオを世話するもの同士妙な仲間意識が生まれ、それなりに仲良くしている。

「レオくんがちゃんとしてくれればこっちだって文句は言わないんだよ?」
「ほんと、怒りたくて怒っているわけじゃないんだから。瀬名の白髪が増えたらどうするの?」
「はあ?これは銀髪だし地毛だから!!!」

それなりにと言ったのは上記のようにものすごく仲が良いかと言われれば、それに頷くことはできないからだ。プライドが高く完璧主義……それからツンデレという点で性格の似ている二人は、磁石の同極が反発しあって完全にくっつくことがないように、近しいところにはいてもわかり合うことはなかった。

「累くんチョ〜うざあい」

だが泉が名前で呼んでいるところを見てもやはり仲が悪いとは言い切れないのである。

「そうだ〜セナなんて白髪増えておじいちゃんになっちゃえ〜!いや待てよ…きっとおじいちゃんのセナも綺麗なはず…!」
「わかった、わかったからいい加減落ち着きなさい!」

累が空いた手で頭を叩くとむすっとした顔をしつつもようやく黙ったレオ。そんなレオに両脇の二人は同時にため息をこぼした。





なんとか病院にレオを送り届けた次の日。累は再び病院を訪れていた。また逃げ出していないかの監視のためだ。心配しているからでは決してない。
病室へ向かうために廊下を歩いていると、軽快な音楽が聞こえてきた。どこか馴染みのある音につられるがまま累はそちらへ足を向ける。近けは近くほどにその音は大きくなる。そうして累がたどり着いたのはレオのではない病室で、扉が少し開いていた。部屋から中を覗くと、そこにいたのはなぜかそこにいる目的の人物と、それからとても綺麗な、まるで絵本から飛び出してきた王子様のような綺麗な男がいた。一台のピアノに二人で向かって連弾しているようだ。腕が折れてからまだ数日しかたっていないというのに無理やり片手で演奏しているレオにあきれながらノックをして扉を開けた。

「扉開いてて外に音漏れてるけど。というかなんであんたは人の病室にいるわけ?」
「あ!ルイ!今日も来てくれたのか!?セナは?」
「今日は私一人よ」
「え〜!なんで!セナに会いたい!」
「なら私は帰るわ」
「それはやだ!」

レオは鍵盤に手をついて勢い良く立ち上がる。がっちゃんと不協和音が室内に鳴り響いた。

「騒がしくして悪いわね」

レオとの会話がひと段落して累は黙り続けていた部屋の主に声をかけた。

「いや、僕が月永君を招いたんだ。それにここは防音だしいくら騒いでもかまわないよ。その制服を見る限り君も夢ノ咲学院の子かな」
「ええ、そいつの知り合いってところかしら」
「僕も夢ノ咲に通っているんだ。病弱だからほとんどここにいるけどね」

弱々しく笑顔を浮かべる彼は確かに健常人というにはほど遠い線の細さだった。

「ルイ!こいつはテンシだ!」
「天使?」
「そんな大それたものじゃないよ。“天祥院英智“が正しい名前だ」
「ああ、だからテンシ」

納得したように累はそう言った。

「累ちゃん?でいいかな」

英智は伺うように累に聞く。初対面で名前で呼ばれ少し嫌悪感を感じた累だったが、まだ自分が名乗っていないことに気が付いた。

「あー、広瀬累よ。これでも一応男だから」

あまり他人とは関わりたくない累だが、レオの友人ある手前挨拶をしておくことにした累は名前を告げる。ついで自分の性別も。
すると英智は驚いたように目を瞬かせた。それもそうだろう。誰も女子制服を着用して女の子のような話し方から男だと思うわけがない。
慣れた反応に興味がないようで累は特に何も言わなかった。
その一方レオは楽しそうにけらけらと笑い出す。

「いい反応だなテンシ!ありがちだけどだからこそいい!ああ、妄想がわいてきた…!」

そういうとレオは目の前のピアノに向かい始める。骨折している右手も使ってピアノを弾き始め、慌てて累が止めに入った。

「ちょっと、そんなことしてたら治るものも治らないって言ったわよね!」
「ルイ!止めないでくれ!傑作が生まれそうなんだ!題してルイが男でテンシが驚いた歌!」
「人の名前を勝手に使わないでもらえる?!ああ、もう、テンシも手伝いなさいよ!」

いらいらしながら横に座る英智に噛みつく累。
しかし彼は累のことを手伝おうともせずに、くすりと楽しそうに笑った。

「笑ってないで助けなさいよ!」
「いや、こんなににぎやかなのは久しぶりでね。なんだか楽しくて」

病室に入ってきたときはずいぶんと落ち着いた雰囲気だった彼は一変して、年相応の男の子のように彼は無邪気な笑顔を浮かべていた。
いままで一人で病室にいた彼にとってこんな些細なことでも楽しいと思ってしまうのだろう。

「まあ、確かにこいつがいたら毎日退屈しないんじゃないかしら。退屈どころかうるさくてたまらないわ」

レオの頭をはたきながら累は言う。病室にスパンといい音が鳴った。

「いった!ルイは俺の頭をたたきすぎ!身長縮んだらどうしてくれるんだ!」
「自業自得」
「むっかー!ルイのばか!セナに言いつけてやる!」
「どーぞご勝手に」
「がるるる!俺の身長が縮んだらテンシのを分けてもらうからいいもん!」
「身長は分けられないかな」

頬を膨らませるレオと、あきれたような累を見ながら、英智はまた楽しそうに頬を緩ませた。



20200123

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